#1 プロローグ
西暦2100年。世界は深刻な地球温暖化問題により崩壊を迎えようとしていた。温室効果ガスの影響による気温の上昇、ハリケーンやサイクロンといった嵐の被害拡大。そして干ばつによる水不足、農作物の不作など、人類は科学による文明の発達と引き換えに、地球を緩やかに殺していた。
そして熱せられた空気はついに氷の大地すらも溶かし始め、海面水位は上昇。人間が住める陸地は世界規模でどんどんと減少し、人類全体の生存圏は100年前と比べ約60%に至った。
自国に住めなくなった者はまだ陸地がある別の国へと移り、食糧難も相まって各国の間では移民問題が勃発。海に溺れもはや他国に依存するしか無くなった弱小国、そしてそんな国から物資や金を搾り取ろうとする広大な大地を持った強大国の間には、もはや埋める言事の出来ない大きな裂け目が生まれ
その結果、人類は第三次世界大戦を開戦した。
開戦当初、誰もが強大国の圧勝と考え、その通りに戦争は進んで行った。国力の無い弱小国がいくら束になろうと、圧倒的武力を誇る強大国には太刀打ちできなかった。
少なくなった人類がさらにその数を減らす中、弱小国とよばれる国、日本が海底からとある存在の亡骸を発見した。
それが天使と呼ばれるモノ。大きさ約5m、身体の構造は人間とさほど変わらないが、背中には体長の半分に及ぶ二対の羽が生えており、まさに神話の中の存在。そんな天使からはある物質が採取できた。
『アルス』。人類がそう名付けたこれこそがこの大戦に終止符を打った物質であった。
採取できたアルスは発見されてから研究に研究を重ねられ、一つの実用的な方法へたどり着いた。
それがアルスの人体投与。アルスは幾重もの研究の結果25歳以下の中でも選ばれた人体にしか適合せず、その条件を満たさなければ投与後すぐに死へと至ることが確認された。だがアルスを体に投与された人間には一つの特徴が現れる。
それは『権能』と呼ばれる力の発現だ。虚空から炎を生み出す、水を自在に操る、空を駆けるなど、投与された人間によって違う能力ではあるものの、それまで生きてきた人類とは明らかに一線を画す、まさに神へと近づいた存在。
人類は彼らを『アルスチルドレン』と呼んだ。
日本政府はアルスチルドレンを即座に戦場へと送り、その力で強大国を蹂躙。戦争は誰も予想しなかった弱小国連合の勝利という結末を迎えた。
その戦争からアルスチルドレンは新たな兵器の一つとして数えられ、世界ではアルスチルドレンこそが戦争を止めた英雄だと囁かれた。
そして西暦2200年の現在、平和になったこの地球では世界規模でアルスの共同研究が進められ、世界には約100万人のアルスチルドレンが存在していた。
~西暦2200年 4月 1日 二ホン トウキョウ ~
「カバンよし、入学式のパンフレットよし、筆記用具よし、心構え・・・多分よし。」
自室で指差しをしながら物品を一つ一つ丁寧に確認するこの少女の名は、『花宮サクラ』。本日から晴れて高校一年生になった彼女はこれから向かう場所への緊張で一杯になりつつあった。
「おねーちゃーん、早くしないと入学式遅刻しちゃうよー?」
「え?・・・嘘!?もうこんな時間!?」
この家は二階建ての一軒家でサクラの部屋は二階にある。明らかに下の階から聞こえた呼び声に気付き部屋に掛かった時計を確認すると、時刻は8:30。サクラの家から高校まではまずバスに乗り、そこからさらに歩いて合計約25分程度。入学式は9:00からの為、今から出てもかなりギリギリの到着になってしまう。
「何で!?余裕持っていけるように朝早く起きて用意してたのに!」
「何でって。そりゃあお姉ちゃんが緊張のし過ぎで起きてからうずくまったり叫んだりしてたせいでしょ?朝ごはん作ってるときびっくりしたんだからね?」
「うわぁ!?サキ、いつの間に!?」
本当にいつの間にか部屋に入ってきていた妹へ驚くサクラ。階段を上がってくる音は確かにしていた筈だが、緊張と焦りでそれどころでは無いサクラは気付かなかった。
「それよりもお姉ちゃん急いで、本当に遅刻しちゃうよ?」
「あぁそうだった!ごめんサキ、朝ごはん食べる時間無い!行ってきます!」
「ちょっとお姉ちゃん!?・・・はぁもう。」
そう言い残しドタドタと階段を降りてはガチャッ!バタン!と勢いよくドアを開けて家を飛び出したサクラ。そしてそんな姉を部屋の中で見送ったサキはなんだか心配になって玄関先まで出てみるも、こういうときだけ足の速い姉の姿はもう見えなくなっており余計に心配するのであった。
「あぁもう何で毎回こうなるの・・・?」
何とかバスには間に合い、乗ることが出来て安心していたサクラだがそんな心は大事な時に限って失敗する自分に対しての自己嫌悪で上書きされている。かといってこのままの気持ちでいるわけにもいかないと軽く首を振り、黒い気持ちを捨て去ってから持ってきた通学用のカバンを開く。中から取り出したのは白い一冊のパンフレット。
「でも私、本当に神立アルフィアス高校に受かったんだ。」
パンフレットの表紙に移るやたらと綺麗で写真でも分かるほど大きな建物を見ながらサクラは静かに笑って呟いた。
神立アルフィアス高等学校。第三次世界大戦終結後、国名を日本から神国二ホンへと改めたこの国が世界で初めて設立したアルスチルドレンの為の高等教育施設。アルスチルドレンとしての才能が認められ、さらに厳格な審査の上で選ばれた者にのみ入学が許される学校であり、世界の中で未だ7校しか認められていない『神立』の名を冠す。この神立とは世界のアルスチルドレン教育施設の中でも最高峰の施設にしか与えられない名前であり、世界中のアルスチルドレンはこの名を冠す学校の門をくぐることが人生の第一の目標とまで言われている。そんな学校に受かったのが8歳の時にアルスチルドレンとしてその才能に目覚めたこの少女であった。
「勉強は大変だったし試験は大変だったしで本当に忙しかったけど、やっと、やっと此処に来れたんだ・・・!」
言葉の前半部分で言いながら顔を死なせていたサクラだったが後半には笑顔を浮かべる。アルフィアスへの入学は全アルスチルドレンの夢と言っても差し支えない。が、それはサクラにとっても同じであった。いや、むしろただ入学を目指すほかの子供達とは違い、明確な目的があって入学したサクラにとっては大きな夢であった。
「・・・今行くから待っててね、レイちゃん。」
パンフレットを軽く握りしめ、未だ見えてこない学校があるであろう方向を窓越しに眺めながら、一年前、突如自分の前から消えた親友の名を小さく呟いたサクラ。その顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
~同時刻 神立アルフィアス高等学校 某所~
外壁は白一色。絢爛だが厳か。まるで中世の神殿のような建造物。そんな場所のある一室の前にて。白髪の少年は一枚の写真を見つめていた。写真に写っているのはにへらと笑う少年と年が変わらなそうな一人の少女。
「・・・・・」
少年がペラリと写真を裏返す。
写真の左下、そこに小さく書かれている文字は【花宮サクラ】。
「もうすぐ来ちゃうんだね、サクラさん」
写真へ語り掛けるよう少年は呟き、写真を制服の内側へとしまう。
「・・・ここは神立の名を冠す場所。アルスチルドレンが己の権能を理解し、高め、そして従えることを学ぶ頂に存在する場所。それは今を生きるアルスチルドレンにとっての楽園を意味する。」
少年は目の前にある大きな扉に手をかざす。扉は見るからに石造りであり、開けるための取っ手は存在しない。
「君にとってもここはきっと良い場所になる。だからおいで、サクラさん。己のアルスを理解し、高め、そして従える為に。」
『資格確認。入室許可者です。開錠します。』
何処からか声が響き、ズズズッと音と振動を立てながら一人でに扉が開く。
中には大きな円卓が一つとその円卓を囲むように12の席があり、すでに11席は埋まっていた。
「おせーぞレイっ!会議は時間厳守だろうが!」
「落ち着きなよ、いつもの事でしょ?それより揃ったなら早速始めよう。ほらレイ、席について。」