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社会見学2

 お気に入りの喫茶店の正面にある本屋は、マニアックな古本を取り扱っている。入り組んだ道の奥にあるので繁盛しているとは言い難い。そもそも喫茶店のマスターの親戚が趣味で経営しているそうで、半ば道楽のようなものなのでいっそ客が毎日来なくても構わないという方針なのだそうだ。絶版になった推理小説本がこの店になら置いているのではという噂を偶然耳にしたシュテルンが、いそいそと出掛けた先で出会ったのが、一人の青年だった。


「あ、ごめんなさい……」

「危ないな」


 目当ての本ではないにしろ気になるタイトルの本を取ろうと背伸びをして、バランスを崩す。そうして床に倒れ込みそうになったところをどこからか伸びた手に受け止められ、慌てて謝罪した時の事はよく覚えている。店内の客は自分一人だとばかり思っていたので驚いたし、真後ろといえる位置に立っていてもまるで気配のない男のロイヤルブルー色の瞳は、これまでいくつかの修羅場で経験したぞくりとする冷たさがあった。


「……どの本が取りたいんだ?」


 シュテルンの手が絶妙に届かない位置の本を取ってくれた男への警戒を緩めてしまったのは、おそらく顔と言動のギャップの所為だろう。タイトルを告げた本の内容が推理小説だとすぐに気付いた男もまたシュテルンと同じ本の好みをしていた。


「ミステリーが好きなのか?」

「はい。一番好きなのは旅行記なんですけど(社会勉強になるし)」

「僕もだ」


 そんな短いやり取りを経て、気が付けば本屋の裏の喫茶店でお茶をしていた。シュテルンに喫茶店の話を教えてくれたのはウォーリーだ。それから時おり本屋を訪れるようになり、常連らしく行けば高確率で遭遇するウォーリーとお茶を共にするようになって半年ほど。まさか、それなりに打ち解けていた彼――ウォーリーが一般人には見えないにしても、危ない人かもしれない可能性は夢にも思わなかった。


「――そういえばお嬢さん、誕生日はいつだ?」


 ウォーリーの質問を、笑って誤魔化すべきかと迷った。何を考えているのか全く顔色から窺えないが、きっと先程のシュテルンの発言を憶えていたのだろう。しくじったなと思いつつ「五月だよ」と答える。


「じゃあそろそろだな……誕生日にはプレゼントを贈ろう。何かご希望の物はあるかな?」

「うーん。本が良いなぁ、ウォーリーさんが一番面白いって思った本」

「そうか、ご期待に応えられると良いが……少し残念だな」


 『残念』とやらが何を言いたいのか流石に察する事ができるが、そんなところで張り合われても困るのはシュテルンだ。友人が誕生日に何をプレゼントされるのか気になる、なんて年齢はとっくに過ぎているだろうし、そんな事実はない。


『ウォレス! 何の為に集合時間を決めたと思ってんのよ、時間厳守は社会人として―子供(ヒューマンガール)?』


 ウォーリーが『ウォレス』と呼ばれているのだと知ったのは、喫茶店の前で出くわした女性の発言によるものだった。ちょうどウォーリーと別れる間際の事で、彼の体の影に隠れる形になっていたシュテルンにすぐ気付かなかったのだろう、そう呼びかけた彼女は三白眼を丸く見開いていた。

 ――誕生日を教えてしまった彼は、私が造ったウォレスじゃない。

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