ロマンティック・イブ。
じんぐるべーるじんぐるべーるすずがーなるっと。
今日は12月24日。クリスマスイブ、だ。
街もクリスマス一色。
こうして商店街を歩いていてもなんだか楽しい。
あたしはそんな、ちょっとうきうきした気分でここ、ミヤジマアーケード街を巡回する。
きらびやかな装飾。ピカピカ煌めくモールがあちらこちらを飾り、ちょっと触ってみたくなるけどがまんがまん。
壊しちゃったら悪いよね。だから今日は我慢。
「あ、みゃーこちゃん。美味しい魚が入ったよ。よっといで」
魚やのおじさん。ありがたいけど今日はちょっとパス。ごめんね。
おじさんが手招きするのを会釈で乗り切り、あたしは進む。
今日は目的地がちゃんとあるのだ。
あんまり寄り道してる暇はないの!
とはいえこうしてお店を見て歩くのは楽しい。くるくるまわる景色。あは。人が多いとちょっと辟易するけれど、ここはそこまで混雑してなくて丁度いいのだ。
公園でいつもお昼食べてるおじさんがこの間話してくれたけど、この商店街は元々おもちゃ屋さんが多いらしい。
でも、おもちゃは最近あんまり売れないんだって。
だから結構シャッターが閉まっちゃってるんだって。
マンションに建て変わるんだって。
ふにゃぁなの。
でも、今はクリスマスメロディーが街に溢れ。
残ったおもちゃ屋さんも活気がある。
サンタさんの赤い色が街にいっぱいだった。
三本目の角を曲がるとそこにひっそりとある喫茶店。
本日の目的地だ。
カラン
扉を開け店内に滑り込むとあたしはカウンターに座ってるタケルに飛びついた。
「お待たせー。やっとたどり着いたよー」
あたしは耳も尻尾もぴんと立て、思いっきりの笑顔でタケルに抱きつき頬ずりする
「ああ、みゃーこ。やっと来た。どうせみゃーこのことだから途中の魚屋で引っかかってたんじゃない?」
みどりうるさい!
「わるいなみゃーこ。呼び立てて。今日はちょっと紹介したい奴がいてさ」
え? なになに?
「紹介ってなあに?」
あたしはコテンと首を傾げ、タケルを見上げる。
髪は短髪だけどタケルはほんと顔立ちがシュッとしてて好み。
ふふ。見てて飽きないなぁ。
「おい、アオ。こっち来いよ」
タケルは奥のソファーで半分寝かかってるんじゃないかっていう男の子を呼んだ。
むにゃむにゃ言いながらのそりとやってくるそのこ。
うーん。ほんと少年、って感じ。年下?
身長はあたしと同じくらい?
目は……。綺麗、かな。凄く碧くて透き通る様な色。
「ほら。自己紹介しろよ。お前が紹介してくれって言ってきたんだろ?」
「ああごめんタケル」
そのこ、タケルにちょっと謝ってこちらを見つめる。
せっかくの綺麗な目が、ちょっときょどってる。
「みゃーこさん! ぼくと付き合ってください!」
えーーーーーー!!?
いきなり。
どういうこと?
っていうかほんとこれはどういう事なの?
真っ赤になってるアオ。
これが二人きりの時に告白されたとかならまだもう少し優しくなれた。
でも。
これはないよ。
あたしが好きなのはタケルだって、タケル本人だって知ってる筈。
それなのに……。
「ひどいよタケル……」
あたしはそれだけ呟くと涙が出そうになるのを堪え、ガランと乱暴に扉を開けるとその場から逃げた。
商店街をとぼとぼと歩くあたし。
さっきまであんなにうきうきして歩いていたのが嘘のよう。
周りの景色も色褪せた。
うっく。
タケル……。
ひっく。
タケルはあたしのことなんて何とも思ってなかったのかな……。
く……。
嗚咽を漏らしながら、目に浮かんだ涙を拭う。
周りの景色がぼんやりとして、世界から隔離されたような感覚に陥る。
あたし、おかしい……。
「どうしたい? みゃーこ」
いつのまにかあたしはおじいちゃんの所に戻って来てた。
「耳も垂れてるししっぽも元気がないな。こっちへおいで」
縁側で腰掛けるおじいちゃんの隣に座る。
うん。此処は本当に居心地がいい。
ポカポカして、寝てしまいそうだ。
あたしはおじいちゃんの膝にうつぶせた。
「よしよし。何か嫌なことでもあったのかい?」
そう言いながら頭を撫でてくれるおじいちゃん。
なんだか。こうして頭を撫でられながらおじいちゃんのお膝で寝てると、全てがどうでも良くなってくる。
悲しかった気持ちも随分和らいだ。
あたし、タケルが好きだよ。
でもタケルにはみどりがべったり。
あたし、タケルに気に入られてると思ってたのにな。
そんな事を考えてたらほんと眠くなって来た。
あ。
アオって言ったっけ。
あの子、どうしちゃっただろう?
ちょっとかわいそうだったかな……。
そんな事も頭に浮かんだけど、あたしはそのまま眠っちゃったみたい。
⭐︎⭐︎⭐︎
ロボット労働力転換法という画期的な法律の施行後、人々の暮らしは激変した。
20ぺけぺけ年、日本政府は人口減による労働力不足を補う為に移民を推し進めようとするも、ナショナリズムの台頭と各国の移民政策失敗により国内には排他主義が蔓延していた。
また、同時に、自動車の自動運転に伴う法律も整備され多くの輸送業に従ずる人手不足も解消、その他多くの労働も技術的にはロボット化できるにもかかわらずそれに反対する労働組合によって人の仕事は守られていた。
この相反する現状を打破する為に打ち出された画期的な政策があった。
すべての企業が現状の労働力をロボット化する事を推奨する一方、そこで生じた人件費の減額分を企業規模に応じ徴収し、それを年金、社会保障、ベーシックインカム等に当てることを目的とした法案、ロボット労働力転換法、である。
企業にロボット開発を自主的に任せるのではなく、初期投資は国費、年金資金で行ない、技術的な問題を日本企業経済界の共同開発事業とし、大規模なロボット労働力レンタルシステムを作り上げてそれを各企業に還元。
小さな工場から大きな工場までそれまで人間が行っていた労働を代替するロボットユニットの規格化、共通化により開発費維持費の軽減、そして日本一国内のことではあったが、完全に3k労働力のロボット化に成功した。
また、日本国民であれば誰でもこのユニット所有権を安価で得ることができ、家事や養育養護、果てはアルバイトや就業までさせる事が出来た為、人々の生活基盤は様変わりする事となったのだった。
しかし、その状況は長くは続かなかった。
というのも、産まれる子供の数が激減したのだ。
生活に困らないという事が人にとっての結婚という選択肢の価値を低下させ、子供の出生率が大幅に低下するのにそう時間はかからなかった。
人口は極端に偏り、そして益々減り続け。
そこに至って政府はある決断を下す。
新しい生命の創造を。
⭐︎⭐︎⭐︎
目の前の彼女の顔がくしゃっと歪む。
今にも泣き出しそうな顔で、
「ひどいよタケル……」
そう呟くと、ばっと振り返りそのまま乱暴にドアを開け駆け出す彼女。
ああ。
一瞬何が起きたか分からず呆然としてしまった僕は、それが取り返しのつかない最悪の結果をもたらしてしまった事に気付き、慌てて彼女を追いかけた。
しばらく行ったところで追いついた。
彼女は足を止め、それまで堪えていた嗚咽を漏らし。
泣きながらトボトボと歩き出す。
僕にはその後をゆっくりとついて行くことしかもうできなかった。
僕はアオ。
狼モチーフのヒューマノイド。それも愛玩種、だ。
タケルの十歳のときのクリスマスプレゼントとして用意された僕。
それから三年。まあまあ仲良くやって来たかな。
先輩のたぬきモチーフのみどりはまん丸顔のお嬢様風。
彼女は五歳の誕生日プレゼントだったというのが自慢。タケルの幼馴染として買ったのだと母親が言っていた。
そう。
僕たちは愛玩種。アニマルモチーフヒューマノイド。通称、アニマノイド。
バイオテクノロジーで創造された肉体に、アンドロイド用に開発された最新AIを搭載してる。完全自律思考型のヒューマノイドだ。
人間の寂しさを埋めるために開発された僕ら。
もちろん僕らだけじゃない、昔ながらのペット型ロボット型アンドロイド型などなど、いろんな愛玩種がおもちゃ屋さんで売られてる。
そんな中でも僕らはひときわ人気が高い。感情が完全に人間と同等だとして愛玩種擁護法ではかなり手厚く保護されている。人権みたいなものに近い権利まで認められていたりもするのだ。
ぼくらは、恋もする。
ふつうに買主以外の人間とも接する事ができる。
でも。
それでもぼくらは人間じゃ、ないのだ。
みゃーこ。
タケルはダメだよ……。
商店街を抜けしばらく行くと昔ながら風な垣根のあるお宅があった。
人口が減り土地が余ったせいか、土地は全ての希望者に分け与えられることとなった。
そこに前世紀後半にあったアニメの様なおうちを再現して住んでいる人も多い。
みゃーこのお家はそんな縁側のあるノスタルジックなおうち。
ご主人のおじいさんの膝で甘えるみゃーこ。
そのうち寝てしまった彼女をゆっくり座布団の上に残しておじいさんは居間に入って行った。
僕は……。
彼女が起きるまで、その寝顔を見つめることにしたのだった。
⭐︎
目が覚めた。
うう、ちょっと寒い。
おじいちゃん居なくなってる。もう夕方かぁ。お日様も陰ってるし寒いわけだよ。
うん。ちょっと寝たら落ち着いたかな。
ほんとはあたしだってわかってるんだ。タケルとあたしじゃ違うんだって。
街を往く沢山の人の中に人間はほとんど居ないっていうのも。
働くアンドロイドの人やロボットの人にも個性が認められるようになったこの世の中でも人間は別格で。
保護対象だっていうのもね。
特に人間で若い子供はほんと稀少。
あたしみたいなアニマノイドじゃ釣り合わないのも……。
と。
顔をあげると目の前にアオが居た。
じっとこちらを見てるアオ。
「ああ、ごめんね。アオ君? 初対面なのにあんな風で。あたしちょっと悪いことしたなって思ってたんだ」
そう声を掛けてみた。なんだかじっと黙ってこちらを見るアオが何を考えてるかわからなくて。
アオは……。
ちょっと顔をクシャッとして、
「僕じゃ、だめ?」
そう言った。
あたしは。
ああ、アオの気持ちもわかる。
でも。ごめん。
あたしは……。
「ごめん……」
あたしのその言葉を噛みしめるように、くしゃっとした顔のままのアオはゆっくりと振り返り庭を出て行った。
ごめんね。アオ。ほんとごめん。でもやっぱりあたしはタケルが好きなんだ。
夕暮れの空を見上げ、あたしは縁側から降り歩く。
目的地は……、そう、あそこ、だ。
あたしの思い出の場所。
今日くらい泣かせてよ。いいよね。
あたしが初めてタケルにあったのはこの公園だった。
あたしのお家にほど近い、北頭公園。
3歳になったばかりの頃。
タケルはお母さんに、あたしはおじいちゃんに連れられて遊びに来たのだ。
初めて見る男の子。
同年代の子を見るのははじめてで。
すぐに仲良くなったあたしたちはブランコやシーソーで遊んだ。砂場ではお城作って。
おじいちゃんちに来たのは確かまだ生まれて2ヶ月になるかくらいだったけど、以後その時まではテレビでしか子供の姿は見た事が無くて。
楽しかったな。
たしかその頃はまだ人間とかアニマノイドとか違いもよくわかってなかったし。
あたしはそのままタケルに恋をしたのだ。
もう、刷り込みに近い? かもで。
自分ではどうしようもないよ。
しばらくしてタケルのお母さんが、
「うちでもアニマノイド買おうかしら」
そう言ってるのが聞こえた。
その時は、ああそうなんだ、って思っただけ。
情操教育にいいんだ、とか、
ペットみたいなものだ、とか、
そう他の大人の声も聞こえたけど、特に不思議に思わなかった。
あたしが人間じゃないって、その時は知らなかったから。
おじいちゃんはあたしを本当の孫のように可愛がってくれた。
後で知った話だけど、あたしたちが出荷されるときにインストールされる基本OSにはいくつかパターンがあって、あたしには「無垢」がインストールされてたらしい。
子供のいない家庭で子供の代わりに育つには余分な知識はかえって邪魔になるから、と、
そういう状態を選ぶ人間も多いのだとか。
まだ赤ん坊の時に買われたあたしは、おじいちゃんに育てられほんとうの人間の様に育ったのだ。
7歳の時のメンテナンスで追加データをインポートされ、そこで自分が人間じゃないって自覚した。
ショックだったな。
その時も随分と泣いたっけ。
おじいちゃんが優しく撫でてくれて、それでなんとか立ち直ったんだった。
そろそろ日が暮れて、あたりが暗くなる。
いつに間にか細い月が明るく見え、その脇に金星? 土星? どっちかな、かなり明るい星。
空の星が薄っすらと見えてきて、紫の空が賑やかになるのをブランコの上でゆっくり眺めてた。
ふと気がつくと公園の入り口に人が立っていた。
ゆっくりと近づいてくる人影。
街灯の灯りに照らされたその人……。
「タケル! どうして……?」
「ごめんなみゃーこ」
優しい笑みでそう言うタケル。
耳触りの良い声。ほんと好み。
「俺、自分じゃみゃーこに相応しくないってずっと思ってた」
え?
それあたしの方だよ……。
「アオがみゃーこを好きだって聞いた時、ああ、自分じゃダメだからって、アオを応援するつもりでいたんだけど、心の奥でずっとそれが嫌だっていう自分もいて」
タケル、ちょっと鼻の頭を擦って。
「でも、さっきのみゃーこを見て、すごく心が苦しくなった。やっぱり俺、みゃーこが好きだ」
ああ、ああ、涙が溢れてくる……。
「さっきアオにも背中押されたんだ。で、コレ……」
タケルはしょってたカバンから綺麗な飾り箱を出した。巻いてあるリボンがかわいいその赤い箱を両手で差し出して。
「今日はクリスマスイブだからさ。プレゼントだよ」
あたしは目の前に出されたソレを受け取って。リボンを解いた。
「ありがとう。タケル……」
いつのまにか白い雪が辺りに舞って。ふんわりと降ってきた。
あたしはなんか火照っていてあんまり寒さを感じなくて。
そのままその綺麗な飾り箱を開けると、中には小さな音楽隊のホログラム。
きいーいよしー こーのよーるー ほーしはー ひーかーりー
そう、可愛い音楽が流れた。
ありがとうタケル。大好きだよ。
Fin