クラウスside
ここは学園の図書室。王立図書館ほどではないが種類が豊富なため、ほぼ毎日通っている。
レポートの作成に必要な本を手に取り、席に向かう。
一番奥の右端の席。どんなに遅く来ても空いているその席に座る。
誰が言い始めたのかはわからないが、いつの間にか俺専用の席と暗黙のルールになっている様だ。
そんな気を遣わないでくれと言いたかったが、そもそも誰に言えばいいのか、はたまた聞き届けてくれるのかわからないのでこの状況を受け入れている。
席に座り、一番離れた入り口近くの席に目をやる。今日も来ている。1週間ほど前から熱心に何かを調べている。
彼女を見ると苦い感情が湧き上がってくる。
父親同士が顔見知りのため、以前からたまに顔を合わせることはあったが挨拶程度の交流だった。それが、入学してすぐ彼女は俺に近づいてきた。自惚れではなく、あからさまに好意を向けてきていた。
でも俺には前世の記憶があったため、彼女を信じることが出来なかった。どうせ他の攻略対象者にもアピールするのだろうと。
前世で付き合っていた彼女が会社の先輩から押し付けられる様に借りてきたゲーム。そう、この世界はそのゲームに酷似していた。
真っ直ぐな気性の彼女は、八方美人なヒロインが苦手なようで、ストレスを溜めながらゲームをしていた。そんなに嫌ならしなければいいのにと思ったが、会社の付き合いと言うものがあるのだろう。
彼女のストレスを少しでも紛らわそうと隣で声をかけながら一緒に見ていたので、内容もよく覚えている。俺はちょうど彼女がクリアした攻略対象に生まれ変わっていた。
入学して数ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、さらに数ヶ月が過ぎても彼女は他にアピールをする気配もなく俺だけに好意を向けていたのに、それでもまだ俺は信じられなかった。
2年生になっても彼女の気持ちが変わっていなければ、少しは信じてもいいのかな?そう思い始めた1年生最後の日、図書室でジークフリートと抱き合っている彼女を見た。
あぁ、やっぱり。そう思った。
にもかかわらず、その後何事もなかったかの様に笑顔を浮かべて俺の隣に座ってくる彼女に苛立ち、「君みたいに軽い女性は大嫌いです。」と言ってしまった。
とても傷ついた顔をした彼女に少し心が痛んだが、そんな顔すらも演技なんだろうと思い顔を背け、二度と彼女を振り返ることはなかった。彼女は立ち去り、その後彼女を図書室で見かけることはなかった。
それが、数日前から急にまた見かけるようになった。俺目当てで来ていた時とは違い、真剣に何かを調べているようだ。
元々彼女は頭がよく、一度見たり聞いたりしたことは覚えてしまうようだったが勉強が好きというわけではなく、「せっかくの才能を無駄にしたもったいない。俺にくれ!」と何度思ったことか。やっと本気になったのだろうか。
ふと自分の開いている本が1ページも進んでいないことに気付き苦笑した。俺こそ何しに来てるんだ。彼女から意識を外し、レポート作成に没頭した。
気づくと彼女はもういなくなっていた。
書き上げたレポートを手に図書室を出た。そろそろ迎えの馬車が来る頃だ。少し急ごうとした時、階段の方からゴンっ!という大きな音が聞こえた。何事かと慌てて近寄ると踊り場に彼女が倒れていた。
全く微動だにしないので、もしかして頭を打って気を失っているのか?と心配になり声をかけようとした途端、
「ぷしゅー・・・」と言う呟きが聞こえた。
あまりにもびっくりして、思わずレポートを落としてしまった。その音に気付いた彼女が慌てて起き上がり逃げて行ってしまっても、しばらく動けず立ち尽くしてしまった。
「ぷしゅー」
あれは前世の彼女の口ぐせだ。
仕事のトラブルでしばらく緊張状態が続いていた彼女が問題解決した時に糸が切れた様に座り込んで「ぷしゅー」とつぶやいた。
緊張の緩和する様を目の当たりにして、思わず俺は吹き出してしまった。風船から空気が漏れたみたいにヘナヘナと座り込んだ様と「ぷしゅー」と言うつぶやきが、とても合っていたのだ。
でも、俺があまりにも笑い過ぎたため気に入ったと思ったのか、彼女はその後も度々「ぷしゅー」と言い出してしまった。
「いや、もういいよ」とは言えず、笑ってたんだけど・・・いや、今はそんなことより、もしかして、ぷーちゃんも転生していたのか?
そう言えばジークフリートが「ノルン嬢が噴水に落ちて寝込んで以来、何か人が変わった様だ」と言っていた。
噴水に落ちた時に前世の記憶を思い出したのか?まさかの急浮上した可能性に手が震え資料を拾い集めるのに時間がかかってしまった。
*****
彼女とはクラスが違うため、図書室で声をかけようと思っていたが彼女は図書室に来なくなってしまった。
このままでは埒があかない。意を決して手紙を書いた。すぐに会う日が決まり、まさに今、彼女と向かい合っているのだが、いざとなると言葉が出てこない。
もし違っていたら?
よくよく考えたら、気が抜けて「ぷしゅー」と言うことならあるかもしれない。俺は言わないけど。
俺が知らないだけで、「ぷしゅー」と言うのが流行っているのかもしれない。聞いたことないけど。
たった1度聞いただけで、ぷーちゃんかもしれないと動いたのは時期尚早だっただろうか。そう思うと言葉が出てこなかった。
あまりの沈黙に痺れを切らした彼女が「あの・・・本日はどの様なご用件で?」と聞いてきたので、覚悟を決めた。
やはり彼女はぷーちゃんだった。彼女と話して行くうちにゲームの強制力が働いていたようで、大いに誤解をしていたことがわかった。
真っ直ぐに、今も昔も変わらず俺だけを思い続けていると言ってくれた彼女をやっと安心して抱きしめることができた。
ただ、卒業まではゲームの強制力でイベントが発生しないとも限らない。
他の攻略対象者なら対抗できるが、相手が王太子ともなると立場的に有無を言わせずという手段に出られると厄介なので注意が必要だ。
「ノルンはそそっかしいところがあるから、よく何もないところで躓いたりぶつかったりするので心配です。もしそんな場面に出会ったら、助けてあげていただけますか?」とジークフリート様に伝えた。
「彼女がわざと抱きついたわけではない」し、「2人の間だけに起きたハプニングではない(よくあること)」
そしてあくまでも「彼女を助けたのはクラウスに頼まれたから」という意識を植え付けるためだ。
俺の根回しは上手くいったようで、あるイベント発生後にノルンから「ゲームとセリフが変わりました!」と喜びの報告を受けている。
このまま無事卒業式を迎えることが出来ればいい。
残念ながら3年生もノルンとはクラスが違ったので、放課後図書室で待ち合わせをして一緒に帰っている。
大体はカフェに寄ったり、俺の家で勉強したりするのだが、彼女が先に到着している時は、没頭し過ぎて俺が来ても気付かず軽く2時間経ってしまうことがよくある。でも、真剣に本を読む彼女の横顔を見るのは嫌いではないし、俺に気づいた時に申し訳なさと恥ずかしさで何とも言えない顔をする彼女がとても可愛いので、わざとそっとしている。
今日も集中しているようなので、そっとしておこう。
今日はまだイベントの日ではないからね。