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 苦しい、助けて・・・顔を上げ、必死に水面を目指す。


 ハァハァハァ・・・ハァハァ・・・


 頭がズキズキする。何をしてたんだっけ?・・・確か、彼とのドライブ中に飛び出した猫を避けて海に転落したはず。なのに、今私が立っているのは膝よりも低い深さしかない、小さな噴水の中だった。


 ここどこ?


 周りを見渡すと、何人かの人が固唾を飲んで見守っていた。ただその人々の髪や目が赤や青などアニメでしか見たことのない様な色ばかり。

 建物も中世ヨーロッパ風だ。


 もしかしてこれはあれかな?今流行りの、転生ってやつかな?・・・ということは前世の私は助からなかったのね・・・まさとくんは大丈夫だったのかな?

 ぼんやり考えていると声をかけられた。


「大丈夫ですか?」


 声のした方に顔を向けると濃紅色の艶やかな髪と同じ瞳の色をした凛とした美人さんが。


 あっ!!!見たことある!あれだ!会社の先輩に「面白いからやってみて!」と強制的に渡された『ノルン〜運命の女神は気まぐれ〜』に出ていた悪役令嬢のイングリッド=ヴィーグリーズ様だ!


 脚本自体は雑でツッコミ満載のストーリーだったが、先輩曰く、キャラデザと豪華声優陣で人気を博し、さらに副題の「運命の女神は気まぐれ」の通り、5週目以降に現れる「ランダムモード」を選んでゲームを始めると、以前と同じ選択をしても同じ結果になるとは限らないと言う攻略本泣かせのシステムにハマる人続出。

 最後まで結果がわからないから、毎回ドキドキできるのがいいらしい。


 とはいえ、このゲームのヒロインが攻略対象者達に次々と思わせぶりなことを言っておきながら、好意を示されると「そんなつもりじゃなかったの・・・」とか言っちゃう、私が一番苦手なタイプの女性だったので、全然感情移入できずに私がハマることはなかった。


 先輩に借りて一度もクリアせずに返すわけにはいかないので、ストレスを溜めながらも頑張って一度だけクリアしたのだった。


「アルフヘイム様?」


 私が全く共感できなかったヒロインの名前をイングリッド様が呼んだので、彼女もいるのかと思い周りを探すが見当たらない。

 よく見るとイングリッド様は私の方をじっと見ている・・・とても嫌な予感がする。


 鏡を探すがこんな所にあるはずもなく。

 はっ!とあることに気付き、私は自分の髪を掴んで目の前に持ってきた。


 ・・・淡くピンクがかった金色の髪・・・。


 確かこのゲームの世界ではピンクゴールドの髪を持つのは光魔法が使えるヒロイン「ノルン=アルフヘイム」だけだった。


 いやーっ!!よりによって一番苦手なヒロインに転生なんて!!!しかも前世では転生ものの物語が流行ってたけど、悪役令嬢がヒロインで、ヒロインが悪役というストーリーばかりだったよ!ってことは私は悪役なの!?


 これはまずい!本当にまずい!

 とりあえず、これ以上目立たない様にしないと!


「だっ、大丈夫です!お見苦しい所をお見せして申し訳ございません!」

 慌てて噴水から出て逃げようとした所、別の声がかかった。


「何をしてる?」

 恐る恐る声のした方を見ると、やっぱりジークフリート様だ!攻略対象の第一王子で、例に漏れず悪役令嬢が婚約者だ。


 突然思い出したのだが、ノルンがイングリッド様に責められ、泣いていた時にジークフリート様に声をかけられる。そして、何故かバランスを崩したノルンをジークフリート様が抱き止める。というイベントを数ヶ月前にどうやら消化済みの様だ。


 そして今回のこれも、イジメの現場を目撃したジークフリート様がノルンを颯爽と助けるというイベントだ。でも、私はジークフリート様の好感度を上げたくない。私が取るべき行動は一つ。


「自分の不注意で躓いて噴水に落ちてしまったところ、ヴィーグリーズ様が心配して声をかけてくださいました!」

「ヴィーグリーズ様、お気遣いありがとうございました!」


 慌ててジークフリート様に言い訳をし、イングリッド様に向かって頭を下げ、そして、今度こそ走って逃げた。


 ゲーム同様に「イングリッド様」と名前で呼ぼうものなら恐らく破滅エンドまっしぐらなので、混乱しながらもちゃんとファミリーネームを言った私、えらい!でも『自分の不注意で』を付けてしまったことで逆に不自然だったかも?とちょっと不安になった。


 とりあえず前世と現世の記憶が混ざってパニック状態なので、1人になってゆっくり整理したい。

 家に帰りたいが迎えの時間にはまだ早い。辻馬車を捕まえるにしてもまず服を乾かさないと。


 確か、昔読んだ転生もので風魔法で服を乾かしてた気がする。

 魔法が使えるか心配だったが、そこは無敵のヒロイン様。難なく使えて服を乾かし、辻馬車を捕まえることに成功。ただ家に着くなり倒れ込み高熱で寝込んでしまった。


*****


 熱にうなされる事1週間。その間にある程度の記憶は整理された。


 とりあえずわかったことは、前世の記憶を取り戻す前のノルンは、ゲームとは違って気の多いタイプではないようだった。


 学園に入学する前からずっと1人を思い続けており、入学してその人と同じクラスになったことでアプローチを開始していた。

 最初はすごく警戒されていたが少しずつ心を開いてくれてる様な気がするなと思った矢先に、突然「君みたいな軽い女性は大嫌いです。」と言われてしまっていた。

 ゲームのヒロインとは全く違い、一途な気持ちを示していたにも関わらず。


 確かに、よく言う「ゲームの強制力」と言うものが働いているからなのか、ジークフリート様とのイベントが何度か発生していたようだが、ノルンはジークフリート様に対して興味がなく、好感度が上がりそうもない会話で逃げていたようだった。

 にもかかわらず「軽い女性」というセリフが出てきていることに、なんとも言えぬ恐怖を感じた。


 今後も、何をしても周りからは「複数にアプローチをする軽い女性」と思われたり、回避することが出来ないイベントが発生して、転生ものによくあるヒロインが破滅するエンドを迎えることになるのだろうか。


 どんなに考えても結論は出ず、とりあえずこれから卒業までの間ひっそりと過ごそうという消極的な案しか浮かばなかった。


 何事もなく卒業できれば良し。もし万が一冤罪で糾弾される様なことがあったら他国に逃げるとして、言葉がわからないと他国で生きていけない。


 よし!まずは言語を習得しよう。

 そうだ!図書室へ行こう!


 なんとも安直な考えだが、その時の私は可能性のあるもの全てに縋りたい気分だったのだ。


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