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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

霊感令嬢レイラ・ウェールスの事件簿

水葬宝石箱

作者: 野飯 くてる

 

 侯爵令嬢レイラ・ウェールスが彼女を見たのは、なんとなく行った先の橋だった。

 

 

 漆黒の美しい黒髪はレモンイエローのリボンでまとめ、同色の平民が着るようなワンピースを身に纏いレイラはお忍びで街に下りていた日のこと。

 まだ十三歳の箱入り娘であるレイラは、新しく侍女となったロッティのために「素敵なもの」を探していた。

 美味しい食べ物、綺麗なアクセサリー、可愛い雑貨。何が良いだろうか。

 六月の風が髪を揺らす。今年の梅雨明けは例年よりずっと早く、既に夏の花が咲いている。若草色の瞳が美しい世界を映してキラキラさせている。快活に世界を見つめるレイラ自身が夏の花のようで、生命の躍動感と少女の可憐さに輝いていた。

 なんとなく寄った街外れの橋は馬車が通れるくらい広い。レイラ以外誰もいない橋の上で、レイラはアクアマリンの輝きを放つ美しい少女と出逢った。

「貴女、どうなさったの?」

 美しい少女は弾かれたようにこちらを見る。透明な眼差しと整った容姿に、レイラはぼんやりと「宝石のようだ」と思う。

「何していらっしゃるの?」

 好奇心のまま尋ねれば、宝石のような美少女はちょっと笑って、

『かくれんぼ』

 とお茶目に答えた。

 

 

 

 アクアマリンの燐光(オーラ)を纏う宝石少女は名を教えてくれなかった。平民にしては品と教養を感じさせる宝石少女に多分貴族だろうと当たりをつける。名を名乗れない何かがあるのだろうと思い尋ねることはもうしない。

『水に弔うのよ』

 早咲きの夏の花を川に奉ずる宝石少女に、レイラは頷く。

 小さな空っぽの宝石箱を手に、アクアマリンの宝石少女は清楚に微笑み川の流れを見守っている。

『ここは氾濫の多い川で、多くの巫女が生け贄になったのよ』

 歌うように宝石少女は声を震わせ、夢を見るように瞳を閉じた。

『水の牢に囚われて、彼女たちは天国に行くことも出来ずに彷徨(さまよ)うの』

 レイラはそういえばと思い出した。この川は雨の日によく氾濫して、多くの犠牲者を出したという。古代では巫女を人柱にして鎮めたとも。その風習は七代目女王グローリアにより撤廃されたが、グローリアの崩御から数代の王が変わっていつの間にか復活し、近年ようやく廃れたという。巫女は貴族の子女が選ばれたらしい。

『痛かったなぁ苦しかったなぁ』

 思考がぼんやりしている。逃げなければならないのになんでカラダが動かないのだろう。

『誰か、代わりになって欲しいなぁ』

 アクアマリンの燐光はいつしか濁った水の色になる。氾濫前の川の色を纏い、宝石少女はレイラに手を伸ばす。

 ぽっかりと空いた眼窩と穴がいくつも空いたぶよぶよした肌、濡れた髪が水草のように張り付いている。絶叫するように大きく開いた口から覗くのは、はくはくはくはく(・・・・・・・・)とこちらに向けて息継ぎするように口を開閉させる小魚の群れであった。

 はくはくはくはく。

 まるで宝石少女の体内でかくれんぼしているかのような小魚の群れ。口に棲み憑くおぞましいそれらは、彼女の肌を食い破り毛穴から這い出てきた。

 |(まるで産卵みたい)

 魔に魅入られたレイラの思考が、ぼんやり思う。

 ビョコン! ビョコン!

 レイラに伸ばされた宝石少女の腕にかくれんぼしていた小魚たちが勢いよく飛び出していく。

 可憐な少女の面影は無く、濁った水色のオーラを飛沫のように漂わせながら少女はニィたリ、と歪んだ笑顔を見せた。

 

 

『───待ちな』

 

 

 蓮っぱで威勢の良い老婦人の声が、剣とともに宝石少女とレイラの間に割入った。

 レイラは自分を助けてくれた老婦人を見る。頭の霧は晴れていて、指が動かせるようになっていた。

 その老婦人は老いてもなお美しい金色の髪は癖が強く、少々ズボラな雰囲気を醸し出している。瞳の色はレイラと同じ若草色で、レイラのよりも意志の強さが雷光のように宿っていた。放つ若草色の燐光(オーラ)は美しく、そこ色はレイラをほっとさせた。

「リア」

『はいよ』

 シュン、と風を切る音とともにリアと呼ばれた老婦人は鮮やかに剣を振るう。宝石少女はたたらを踏んで、橋の手摺りにもたれた。

 困惑した表情で、宝石少女はレイラとリアを見比べる。

『どこから?』

『あたしら幽霊に距離と時間の概念なんて無意味だよ、お嬢さん』

 煙草でもふかしてそうな言い草に、レイラはちょっと笑う。いつの間にかレイラはその手に宝石箱を持っていた。そう、幽霊に距離も時間も、物理法則も意味が無い。

 レイラには幽霊が見える。オーラを纏うものは幽霊で、普通の人間にオーラは無いから見分けがつく。

 だから宝石少女が幽霊なのは、最初から知っていた。知っていたのに近づいたのは、魅入られたからだ。

『古い霊は人を操る』

 一閃。剣は宝石少女の首をはね、少女は二度目の死を知った。

「水に弔うわ」

『そうか』

 青色の清冽な宝石箱を、レイラは川に落として流す。

「さよなら」

 

 

 

 

 この日から、以前から不自然にあった橋からの転落死が無くなったという。

 

 

 

 【END】

 

 

 

 水葬宝石箱

 お題元「トルクチューン https://odai.hziym.net/」

 

ただいま、『霊感令嬢は王子殿下と世界を改革する』というなんちゃってミステリーホラーファンタジー長編を書いてる途中です。

作中の主人公レイラ・ウェールスはタイトルの霊感令嬢です。構想途中の長編ゆえ公開はまだ先ですが、レイラ主人公のちょっとのミステリーをほんの一雫垂らしたホラー短編は尻たたきを兼ねてこれからもちょくちょく発表していくつもりですので、よろしくお願いします。

長編『霊感令嬢は王子殿下と世界を改革する』はレイラ十七歳からの恋愛ありで世界の謎に挑むホラーファンタジーです。

今作である水葬宝石箱を始めとした短編はレイラ十六歳でデビュタントするまでのホラー(たまにファンタジーやなんちゃってミステリー)です。

どうぞよろしくお願いします。

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