ACT EX6.ただ一度の不忠
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夜、彼の部屋を訪れる。
仕事ではなく私用でこの時間に尋ねることは、なんだか少しいけないコトをしている様で、緊張する。
ノックをして入室すると、エドワード様は執務机で残務処理をしていました。
日中に後進育成をする為、どうしてもこの時間まで仕事が続く事も少なくない日々が続いており、私は少し体調を心配しています。
「あぁ、ごめん。もう少しで終わるから、その辺に適当に座っていて」
彼はこちらを見ずにそう言った。
言われたからといって、主人より先に座ることは気が引けるので、邪魔にならない位置へ移動し、立ったまま仕事の終わりを待つ。
数分して仕事が終わったのか、大きく右肩を回しながらエドワード様は立ち上がった。
そして立ったままの私を見て苦笑する。
「座って待っていても良かったのに」
そう言いながら彼は応接用の長椅子に座る。
それを見た後に私も長椅子に腰掛ける。
「えっと、ソフィ」
「はい」
「近くない?」
ーーエドワード様の横に、座る。
「大丈夫です、近くないです」
「顔、赤い気がするんだけど」
「気のせいです」
メアリさんの様に強気な態度に出てみたものの、やはり私には荷が重すぎるのか、顔が熱いのが自分でもわかった。
しかし、ここで引いては来た意味がない。
「メアリさんから伺いました、エドワード様のお見合いが難航していると」
「あー、いや、たしかに。ーーうん」
歯切れが悪い返事を返すエドワード様。
「メアリには申し訳ないけど、中々乗り気にはなれなくて」
視線を宙に漂わせる彼に対し、私は意を決して発言する。
取り返しのつかない、発言を。
「ーー私じゃ、駄目ですか」
その一言は、彼の漂う視線を凍らせてしまうには充分だった。
「ずっと、貴方をお慕いしていました。私などでは貴方に釣り合わないとは重々承知ですが、考えていただけませんか」
言いながら、彼の手を取る。
瞬間、エドワード様の肩が少し跳ねるのを見た。
「そ、ソフィ。俺は、その」
動揺を隠せない様子のエドワード様。
しかし、一度喉を鳴らすと彼はこう言った。
「ごめん、君の気持ちに応えられない」
エドワード様は静かに答える。
その言葉は、ずきりと私の胸を刺した。
はじめて味わう痛みに、思わず胸を押さえる。
「俺は処刑人一族で、所謂差別階級だ。両親もそれが遠因で不幸な結末を迎えている。だから、その運命に君を巻き込めない」
「ジュワユーズ家に仕えているのに、今更そんなこと」
「仕えているだけ、仕事で関わっているだけなら辞めてしまえば無関係になる。そうすればーー」
彼がそこまで言ったところで、私は思わず立ち上がり声を上げた。
「わ、私は! そんなつもりはありません!」
ーー辞める?
私が、貴方の側を離れる?
「今まで、辞める機会は何度もありました! それでもここに居続けたのは、お金の為とか恩義とかではなく貴方が居たからです! 貴方と一緒に居たかったからです!」
一度口から溢れた言葉は、思いは止まらない。
歯止めが効かない。
「エドワード様はいつもそうです。いつも自分以外の誰かの幸せを願って、自分は二の次でーーもういっそ自虐的なまでに自身の幸せの為の事をしないで!」
いつも、いつもだ。
彼はいつも誰かを案じ、その幸せの為に行動している。
それは、エドワード様の美点だ。
けれど、自分を蔑ろにしすぎると私は思う。
もっと利己的に、自分勝手に。
自分の幸せの為に、生きてもいいのに。
ーーエドワード様にも、幸せになって欲しいのに。
私は溢れ出る涙も拭かずに、こう言い放つ。
「私が、貴方を幸せにします。絶対に、絶対に幸せにしてみせます」
自分が今言っているのは大言でしかないかもしれない。
けどこれが、私が今決めた絶対の決意だった。
「今は、私のことなんて眼中に無いでしょうが、覚悟していて下さいエドワード様。絶対に、貴方の瞳に私を映してみせます!!」
ーーこれが、私の人生の分岐点だった。
▽▲▽
「これで今回の診察は終了です。お疲れ様でした、メアリさん」
「ありがとうございます、シャルル様」
「本当に、エドの屋敷から離れるつもりですか」
「えぇ、そのつもりです。シャルル様、貴方の予測だと私はあとどれくらい保ちますか」
「ーーあと二年、いや三年かな」
「それなら、その前に出て行きます」
「どうして、エドはきっと望まないよ」
「でしょうね。ですから、これは私の我儘で不忠です。ーー坊っちゃまに私を見送らせてなんて、あげないんですから」
今回で書き溜め分が終わりましたので、以降は投稿ペースが落ちます。
ご了承下さい。
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