ACT.6 望まぬ才能(Ⅰ)
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天高く昇った太陽が、暖かな光を降らす初夏。
三年前から通う見慣れた道を、馬車の窓からぼんやりと眺めながら進む。
車窓から見える街の様子は、あの頃とは少し変わって見えた。
それは、俺自身が成長したからなのだろう。
背もだいぶ伸びたし、色んな事も知った。
だからこそ、首都リゲルがほのかに賑わっている理由もおおよその検討が付いていた。
「――戦争、ね」
そう、戦争だ。
ここ神聖ルーレンス王国の近隣で、ちょっとした戦争が起きていた。
その戦争でこの国が被害を被りそうな場面は、恐らく無い。
しかしながら、戦争というものは経済を回すのである。
穀物が売れ、鉄が売れ、労働が発生する。
経済が回れば、人々の顔にも笑顔が増える。
みんなが笑顔になる。
――それはいいことの筈なのに、それを素直に喜べない自分が少しいた。
「誰かの死で、金を得ている。 それって俺たちと何が違うんだ」
思わずそう呟いて、ふと正気に戻り首を振る。
こういう考えは捨てなければと、日ごろ肝に銘じているにも関わらす、時々どうしてもよぎってしまう。
「悪い癖だな」
そう言ったところで、目的地が見えてきた。
目的地とは、ルテル家の古びた屋敷。
今日は、週に一度の勉強会の日であった。
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「やぁ、一週間ぶりだね。 元気だったか、エド」
「あぁ、変わらずだよ」
屋敷の玄関で俺を出迎えてくれたのは、シャルルだった。
馬車から降りた俺の手を取って、やわらかに笑う。
最近は、身だしなみだけでなくちょっとした仕草さえもしっかりとしてきて、生半可な貴族のボンボンより見てくれはらしいと感じる。
「今日はちょっと遅かったね」
「少し街道が混んでいて」
「あぁ、最近は賑わっているからね。 この賑わいが悪いこととは一概に言わないけど、ケガをしてウチに運び込まれる人もちょっと増えてるのが困りものだよ」
そう言って困ったような表情になるシャルル。
ルテル家は、医師の家系だ。
今は当主であるルテル氏の意向で、貴族も平民も関係なく診療をしている。
そのため、貴族を専門としている医師よりも収入は低く、その為屋敷も十分な手が回ってないのが実情であった。
しかしながら、そんな父を見るシャルルの瞳は輝いている。
彼はそんな父を心から尊敬し、いずれ自分も父のような医師になることを目指すと、ことある事に口にしている。
そんな話をしながら屋敷に入ると、トタトタと誰かがこちらに向かってくるような音が聞こえた。
音のした方を振り返ると――。
「――とーう!」
「ぐぇっ!?」
銀色の何かが、思いっきり腹部を直撃し、俺はつぶれた蛙のような声を出す。
思わず痛みにうずくまると、頭上で明るい笑い声が聞こえた。
「やっと来たのね、エド!」
その声を聞いて顔を上げると、そこにいたのは人形のように可愛らしい容姿をした銀髪の少女・エヴァがいた。
「私、待ちくたびれちゃったわ」
「い、いや、俺悪くないし」
「むむっ、もんどーむよー!!」
少し遅れてきたことを口実に、エヴァは俺のわきの下に手を入れてもぞもぞと動かし、くすぐりだした。
たまらず俺は笑いながら転げまわる。
「あひゃひゃっ、ちょ、やめっ」
「やー、ゆるさなーい! ちょ、こら、暴れないの! シャルも手伝って!」
「――よーし!」
そう言ってシャルも参戦し、俺たちは玄関で揉みくちゃになって笑いあう。
――神暦1762年、初夏の頃。
俺たち三人は、あの日から交流を重ねて、そして10歳になった。