ACT.60 小さな弟子たち(Ⅲ)
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「ーーと、いうことが一昨日あってさ」
そう言って、俺はシャルルに先日の小さな来訪者の話をする。
今日は、シャルルを屋敷に招いての研究会だ。
研究内容は、"誰がやっても苦しませずに罪人を斬首できる"装置の製作。
斬首に必要な力を捻出するには、どうすればいいかーー刃の重量、落下時の位置エネルギーなどの計算や、人体構造を基にした罪人を固定する台の設計を始め、多くの計算や作業が目白押しだ。
ここ一年ほど、本職の合間をぬって二人でその作業に没頭していた。
そして本日もまた、計算式の照らし合わせの為にこうやって顔をあわせている。
「なんでそんなことに?」
式の再計算の為に紙に数式を書き記しながら、顔を上げずにシャルルは問い返す。
「ルロワ兄弟はある孤児院の子で、なんでも院の大人たちが施設の維持費がって話をしてたのを聞いたみたいなんだ」
「それで自分たちでなんとかしようとして、高給と噂の処刑人に立候補?」
「らしい」
兄弟の話を纏めるとそんな事情があったことが、結果的にわかった。
あとでメアリに調べてもらうと、確かにその孤児院は経営が上手くいかなくなってきているそうだ。
「まぁね、今の御時世はどこも厳しいよ。この不景気の影響を受けてないのは、医者や君たちくらいなモノさ」
そう言って嘆息するシャルルに、俺も無言で同意を返す。
今、この国は不景気の真っ只中だ。
どうも遠因は、先代国王ーーヴィクトル王子の祖父の時代に無理な戦争を仕掛けたことらしい。
その際の財政赤字が、ジリジリと増税という形で国民にのし掛かり、圧迫し始めた。
まだ小麦を含めた食料品は課税対象ではないから、マシな状況ではあるがーー。
「もし今、不作が続けて起こったら不味いな」
「それはーー、考えたくないね」
お互いに苦い表情を作る。
俺たちは、幸いにも不景気の影響を受けづらい職種であるから大丈夫だが、巷では職に溢れた者も増加しているらしい。
そう考えてみると、あの子たちの見る目は正確だったと言える。
処刑人なら、不景気の影響は無いし、稼ぎもいい。
ーー問題は、彼らの年齢と仕事の難しさではあるが。
「話は戻すけど、その子たちは結局どうしたの?」
「帰したよ。とてもじゃないけど、やらせられない」
「そうか、そうだよね」
「けど問題はーー。あ、そろそろ時間か」
屋敷の大時計が鳴る音を聴いて、時刻が正午を過ぎたことを知る。
「あぁ、もうそんな時間か。じゃあ少し休憩をしようか」
シャルルはそう言って目頭を押さえ、凝りを解しながら顔を上げた。
俺は窓際に移動し、そんなシャルルに対して外を指しながらこう言った。
「食事の前に、ちょっとこっち来て窓の外を見てみ」
「うん?」
こちらにやってきたシャルルが、窓から外ーー正門の方へ視線を向けると、少し驚いた表情を浮かべる。
視線の先にあるのは、屋敷の正門とそこに座り込む二人の少年の姿。
「ーーあの二人、あれから毎日来てるんだよ」




