ACT.49 明日を変える為に(Ⅳ)
「坊っちゃま、今から私とここで買い物をして下さい。――そうすれば、如何に自分が何も知らなかったかを知ることができるでしょう」
そう言うや否や、彼女は何の躊躇いも無しに雑踏の中へ踏み込んだ。
俺はそれを見て、慌てて彼女を追いかける。
早歩きでスイスイと人を避けて歩く彼女とは違い、俺はあちこちで人にぶつかりそうになり、思うように早く歩けない。
考えてみれば、当たり前だ。
今まで、こんな人混みを歩いたことなんてない。
メアリの様に上手く進めない筈である。
それでも彼女を見失わないように、必死に掻き分けていく。
目線の先で、彼女がふと足を止める。
これはチャンスだと思い、その隙に距離を詰めようと急ぐ。
――だが。
「すみません、こちらを下さいませんか」
メアリが立ち止まったのは、俺を待つ為じゃない。
彼女は目の前の青果を扱う露店、その店主へ話しかけていた。
中年男性の店主は裏の方を向いて作業していたが、それを中断し、メアリの方を向き直ると、少し訝しげな表情を作る。
そこで更に、俺は気がついた。
メアリの格好は、ジュワユーズ家に仕える使用人の制服のままであった。
一般的な通行人の格好では無い。
普段、私服の彼女を見ることなど少なく、いつもの見慣れた格好であったから、気がつくのが遅くなった。
「――アンタ、もしかして近所の屋敷の人か?」
店主は、そんな言葉を口にする。
近所の屋敷とは、十中八九ジュワユーズ邸のことだ。
それを聞いて、冷や汗が出る。
「はい、ジュワユーズ家に仕えています」
あろうことか、メアリは正直にそう答える。
その瞬間、店主は視線を手元に落とし、何かを掴むような素振りを見せる。
嫌な想像が、脳裏を過ぎる。
メアリはあの男に何かされるのでは無いだろうか。
そんな予感が、俺を急かす。
「メアリ!!」
そして、ようやく追いついた俺は、勢いよく彼女の袖を引っ張り、男から庇うように前に出る。
次の瞬間――。
「アンタ、これも持っていけ――って、なんだ?」
赤い果実を手にそれを差し出している店主の姿が前にあった。
その姿に、俺だけでなく店主もポカンとした表情を作る。
「え、えぇ?」
「全く、使用人を庇う主人がどこにいますか」
直ぐ後ろで呆れたような声がする。
メアリはそう言いながら、広げた俺の腕を掴んで下げ、一歩前に進む。
「主人が失礼を働いて申し訳ありません」
メアリは深々と頭を下げる。
それを見た店主は驚いて声を上げる。
「それはいいが、まさかこの人ジュワユーズの処刑人か!」
その言葉に俺は思わず身を固くする。
次に来る罵倒を想像して。
しかし、次に彼の口から出たのは、予想外の台詞だった。
「――ありがとう」




