ACT.44 日々は変わらず(Ⅰ)
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ヴィクトル王子と出会い、言葉を交わしたあの茶会から数日が経った。
不思議と息の合った俺たちは、なんと文通を始めることとなった。
まさか自分が王子と、それも時期国王とそんなことをするとは、夢にも思わなかった。
王子から言い出したその事を、俺は快諾した。
ただし、一つ些細な条件をだして。
閑話休題。
どんな劇的な事が起ころうと、日常はそんなに急には変わらない。
王子がなんだと言わんばかりに、仕事は訪れる。
「よし、頑張ろう」
司法省に併設されたその施設。
施設内部にある、重い鉄の扉の前でそう呟いて気を張り直した俺は、静かに扉を開ける。
その部屋は、全ての面が硬い壁で覆われた窓の無い息苦しい場所であった。
更に、正面の壁には、一人の男がいた。
少し頭髪が薄くなっている、痩せ気味の中年男性。
彼は上半身裸で壁の方を向いた状態で、前で両手に枷を嵌められ、壁に繋がれていた。
――彼自身の、安全の為に。
扉が開いた音を聞いて、男の肩がびくっと震える。
そしてゆっくりと振り返ったその顔には、見てる此方の心が痛む程の不安と怯えがあった。
「はじめまして、ゴドフロアさん。貴方の刑罰を担当します、ジュワユーズです」
彼、ゴドフロアさんは、先月酒場で酒に酔い、暴行事件を起こした罪人であった。
司法省で下った判決は、鞭打ちの刑。
ここで、30回の鞭打ちを受けることであった。
「――ッ!」
俺の言葉を聞いて、更に怯えた表情を深める。
だが、それも仕方ないだろう。
鞭打ちとは、案外重い刑罰だ。
耐えれば日常へ戻ることを許されるが、現実はそんなに甘く無い。
鞭打ちというのは、致死率が高い。
痛みと出血で耐え切れずに亡くなる場合もあるし、刑罰を終えても傷が原因で後に命を落とす、または当たりどころが悪く後遺症が残る。
――通常であれば。
怯えるゴドフロアさんを安心させる様に、勤めて優しい声をかける。
「大丈夫です、俺は貴方を助けます。――絶対に、五体満足で日常に戻します」
シャルル達ルテル家との研究。
その成果として、ジュワユーズ家に還元されたのは、鞭打ち等の刑罰を安全に行うやり方。
どこをどうすれば、痛みは少なく済むか。
どうすれば、後遺症を無くせるか。
――命を奪わずに済むか。
「痛みはあると思いますが、一緒に頑張りましょう」
優しく、真摯な表情で俺はゴドフロアさんの肩を叩く。
「わ、わたしは、帰れるんでしょうか」
その帰るとは、家族の元に帰ることか、日常に帰ることか。
不安そうな彼に、大丈夫だと強く念を押す。
「家族の元にも、今まで通りの日々にも戻れます。だから、気張って頑張りましょう」
そう励ますと、徐々にその青い顔に生気が戻りはじめ、不安そうな表情が和らぐ。
ゴドフロアさんの顔を見て、これなら大丈夫そうだと安心する。
後は、俺がしっかりとやるだけだ。
俺は彼から離れると、入り口に掛けてある懲罰用の黒い鞭を手に取る。
そしてそれをほどき、しっかりと握り込む。
「――じゃあ、行きます」
覚悟を固めて、俺は鞭を振り上げた。




