ACT.3 死神の子(Ⅲ)
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――以前、一度だけ祖父や使用人に黙って、街に遊びに行った事があった。
処刑人の家系であるジュワユーズ家には、教育を受ける権利が無い。
より正確に言うのなら、学校に行く事を禁じられている。
その詳しい理由を、俺は知らない。
そういうものだと、教えられて生きてきた。
疑問を感じた事があったが、それを口にできる環境では無かった。
その為に、今までの俺は屋敷の外を知らずにいた。
知らないうちは、そのままでも良かった。
――だけれど、あの時。
初めて外に出た、あの凍てついた日。
そう、初めて祖父の仕事を目にした、あの日だ。
あの日、初めて“外”を知った。
だからこそ、外を知りたくなってしまった。
使用人の眼を盗んで、屋敷を抜け出すのは、簡単だった。
そして、街に紛れ込んでしばらく当てもなく彷徨った。
ある路地に迷い込んだ俺は、そこで数人の少年たちと出会い、一緒に遊んだ。
同じ歳の子と遊ぶのは初めてで、とても楽しかったのを今でも覚えている。
そして、屋敷を抜け出してから3時間ほど経った頃だろうか。
遊んでいた路地の外に、一台の馬車が外付けされた。
ジュワユーズ家の家紋が記されたその黒い馬車から、祖父が降りてきた。
それを見て、俺だけでなくみんなも動きが止まる。
「お、おじいさま」
「気は、済んだか」
祖父の顔には、不思議と怒りの感情は浮かんでいなかった。
俺は、ちらりとみんなを見た。
ーーそして、後悔した。
先程まで、お互い笑顔で遊んでいたのに。
その顔に浮かんでいたのは、畏れと怒りだった。
「死神」
ひとりが、ぼそりと呟く。
あの時、広場で親父を殺した奴だと。
俺が小さく悲鳴をあげるのと、彼が拾った石を祖父に投げつけるのは、同時だった。
「親父が! 親父が何したっていうんだよ! ただ、風邪引いたオレに! なんか、なんかちゃんとしたものを食べさせたくて、でも金なんてなくて、それで、それでぇぇぇええええ!!」
彼は、泣きながら祖父に石をぶつけ続ける。
それを祖父は、上等なコートに泥が付くにも関わらず、黙って受け続けている。
恐れていた祖父のその姿に、俺は何も出来なかった。
やめてくれと叫ぶ事すら、出来なかった。
「ーーや、やめ」
ようやくその言葉を絞り出したとき、彼の眼が俺を向く。
「このっ!」
そうやって、彼は石を俺にむかって振りかぶる。
俺は思わずギュッと眼を閉じる。
ーーだが、その石が俺に当たることは無かった。
祖父が、俺の前に立って庇ったのだ。
「お、おじいさま?」
「帰るぞ」
そう言って、祖父はコートの端で俺庇いながら、馬車の中へ送る。
彼は、ほかの子たちにやめろと嗜められ、ようやく石を投げるのをやめて、その場に泣き崩れる。
馬車に乗ったあと、その窓から彼らを見た。
そこにいたのは、もう一緒に遊んだ“みんな”ではなかった。
彼らが俺を見る眼は、ヒトを見る眼では無くなっていた。
屋敷に帰ったあとも、使用人に酷く心配はされ叱られはしたが、祖父からの叱責はなかった。
俺はそれ以外、屋敷を抜け出そうだなんて考えていない。
▽▲▽
ルテル家の屋敷の庭。
その茂みの中に、三角座りで身を潜め俺は泣いていた。
薄々わかっていた事だった。
俺は、俺たちは、悪い奴らなんだって。
恨まれるような、そんな存在なんだって。
そんな眼を背けたくなるような事実が、今日とうとうやってきてしまったのだ。
「ぐっ、俺は、俺はっ」
溢れる涙を袖で拭っていたその時、がさりという音が近くでした。
誰か来ると、そう思った俺は身を固くする。
そこにやってきたのはーー。
「あれ、エド君? どおしてこんなとこに、いるの?」
やってきたのは、さっきまで一緒に遊んでいた少女、エヴァだった。