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命断つ剣に約束の花束を  作者: 宇奈木 ユラ
第二章 彼を待つ剣
30/112

ACT.29 風鈴草の記憶(Ⅰ)

                                           

 ▽▲▽                            

                                    

 三人そろって、何か御用でしょうか?


 はい、お話ですか。

                 

 ――あぁ、エドワード様。

 申し訳ありません、貴方様のお気持ちへの配慮を失念していたこの老いぼれをお許しください。

                      

 ありがとうございます。

 それでは、そうですね。

 ダイニングに行きましょうか。

 少し長い話になってしまいそうなので、紅茶を用意します。

                    

 はい、こちらをどうぞ。

 ルーレンス南方特産の茶葉を使っているので、普段エドワード様方が嗜んでいるものとは、少し風味が違うかもしれません。

 お口に合えばいいのですが。

                    

 はい、それは良うございました。

                        

 ――さて、それでは。

 まずはそうですね、どこから話しましょうか。

                    

 そうですね、ここは敢えて最初から話しましょう。

 今から三十数年ほど前でしょうか。

 リゲルのお屋敷で、マルグリット様はご誕生になりました。

                     

 そう、エドワード様が今暮らしているお屋敷です。

 当時は、私もあの屋敷でお仕えしておりました。

 あの頃、私を含めた数人の使用人と共に、若き旦那様と今は亡き奥様がお屋敷で暮らしておりました。

                      

 奥様は生来御身体が弱く、体調をよく崩しがちでした。

 当時から交流のあった医師のルテル氏――シャルル様のおじい様に当たる方ですね。

 ルテル氏からも、長くはないとの話を聞いておりました。

 それでも、出産して数年はそれでも頑張っていたのですが、お嬢様が8つになる前にお亡くなりになりました。

                      

 奥様がお亡くなりになった原因は、その時リゲルで流行していた流行病(はやりやまい)でした。

 お嬢様は奥様に似て御身体が弱く、旦那様は大変お悩みなりましたが、奥様の死をきっかけにある決心されました。

 ここジュワユーズ領に、流行が沈静化するまでお嬢様を預けることになされました。

 首都から離れ、人口も少ないジュワユーズ領が一番安全であるとお考えになったのです。

 旦那様は責任のある職務に就いておられる方でしたので、お嬢様に着いていくことはできません。

                  

 そこで、白羽の矢が立ったのが私でした。

                      

 私は家庭を持っていませんでしたので、お嬢様に同行して長期間こちらに来るにはちょうどいい人材でした。

                        

 そしてその年のうちに、私たちは先々代までの当主が住んでいたこちらの屋敷にやってきました。

                        

 お嬢様は、幼いながらも利口で利発な方した。

 使用人である私にも我儘を言わず、本当は奥様を亡くされ旦那様と離れて暮らすことになって、寂しく辛いはずがなかったのに。

 だからでしょう、こちらに来てから、笑顔は目に見えて減っていました。

                                 

 そこで私は、ここに来る道中でお嬢様が好きだとおしゃった花があったことを思い出しました。


 たまたま道端に咲いていたその花のことを、お嬢様はこうおっしゃっていました。

                            

「私は、お金持ちの家に飾ってあるようなお花より、こういう野に咲く花の方が好ましく感じるわ。――だって、それならどんな身分の誰と見ても『この花綺麗ね』って話ができるのですもの」

                             

                          

 その花が、風鈴草(カンパニュラ)です。

                         

 えぇ、私が先ほどまで庭で世話をしていた花がそれです。

                     

 風鈴草をこの屋敷で育て始めたのは、もとはお嬢様の笑顔を取り戻したいからでした。

               

 そして、風鈴草を育て始め、私自身もそれをきっかけにだんだんとお嬢様と打ち解けていきました。

 結果として、私とお嬢様はこの屋敷で八年暮らしました。

                      

 お嬢様は、どんな方にも優しく思いやりの持てる素晴らしい女性へ成長しました。

 私にとっても、その日々は宝石の様に掛け替えのないモノになりました。

                  

 ――はい、そうです。

 今まで話したことは、エドワード様には関係のないことです。

 それでも、私は此処から話をしたかった。

                    

 お嬢様は、私が敬愛するほど素晴らしい方でした。

 だからどうか、これから話す全てを聞いてもマルグリットお嬢様を嫌わないであげて下さい。

                  

 あれは、悲劇だったのです。

                        

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