ACT.26 約束の花(Ⅱ)
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「――ふぅ、これで大丈夫?」
「うん、ありがとね」
あの後、ロマンさんに案内され俺たちは屋敷二階の客室をそれぞれあてがわれた。
そこそこ広く、調度品なども古いが管理が行き届いており、過ごしやすいように掃除も徹底されていた。
各自、自分の部屋に案内された後、俺はエヴァに「私の荷物を運ぶのを手伝ってほしい」と呼び止められた。
それならギルベルトに頼めばと言ったが、何故か彼女は頑として聞かず、しぶしぶ俺は一人で三つのトランクを運ぶ羽目になった。
ようやくそれらを運び終え、一息ついて部屋から出ようとすると。
「エド、ちょっとおいで」
そうエヴァに呼び止められた。
ドアの前で振り返ると、彼女はベットの上に座ってぽんぽんとその左隣を手で叩く。
そこに座れと言うことだろうか。
だが、そこに座るとなるとちょっとお互いの距離が近すぎるような気がする。
俺は紳士的にそう考えて、部屋に備え付けてあった机に向かい、そこに置いてあった椅子を持って行ってエヴァの近くに腰かけた。
「――ヘタレ」
「え、何か言った?」
「別に、何も」
何かを呟いたエヴァだが、俺が聞き取れずに聞き返すと彼女は何故か拗ねてそっぽを向く。
今までも何度かあったやり取り。
俺が知らず知らずに、彼女の機嫌を損ねてしまうこと。
こういう場合、俺が理由を聞いてもエヴァは絶対に教えてくれない。
最初にエヴァがこういう反応を見せたときは、確かソフィをうちで雇うことを教えた時だったか。
その時は困ってシャルルに助けを求めたのだが、「これは君がわからないのが悪い」と苦笑されて、結局助けてくれなかったのだったか。
俺はそんなことを思い出して小さくため息をつく。
だがそうしたって何も変わらないことはわかっているので、彼女にこう話を切り出す。
「それで、どうかしたの?」
そう聞くと、そっぽを向いていた顔を俺の正面に戻して心配そうな顔で彼女はこう言った。
「あのね、エド。ここに着いてから何か無理していない?」
その一言に、不意に心臓が大きく脈打つ。
ロマンさんの口から出た、あの名前に確かに俺は動揺した。
けれど、それを表情に出すことも、態度に出すこともしなかったはずだ。
「いや、大丈夫だよ」
これは、勝手にそう思った俺の問題であって、みんなには関係ない。
むしろ、ここで過ごすにはみんなの邪魔になる、迷惑になるかもしれない感情だ。
だから、ここは胸の内に閉じ込めて思い出さずに過ごすべきなんだ。
すると、エヴァは少し怒ったように眉を寄せる。
「エドが『大丈夫』っていう時は、大体大丈夫じゃない。――まったく、何年友達でいると思っているのかしら」
そう言って俺の額を人差し指でぴんっと小突く。
軽い痛みで思わず小突かれた額を抑えると、彼女はまるで手のかかる弟を見る姉のような表情を浮かべてこう言う。
「友達なんだから、心配くらいさせなさい。力になるから、頼りなさい。――そうしないと、ホントに怒るわよ」
優し気に彼女はそう言って、最後にちょっと勝気そうな表情を浮かべる。
そんなエヴァを見て、「あぁ、やっぱり敵わないな」と嘆息する。
俺は隠し通すことを諦めて、彼女に伝えることにした。
「さっき、ロマンさんがマルグリットお嬢様にって言ったよね」
「うん? 確かに言ってたわね」
「マルグリット・ジュワユーズは俺の母親で、俺を捨てて出て行った人なんだ」




