ACT.24 花の旅路(Ⅲ)
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「ぐ、ぐぎぎぎぎ」
退屈を持て余したエヴァが、変な声を上げて小さく背伸びをしたのは、リゲル郊外の屋敷を出てから一夜明けた二日目の昼頃であった。
その声を聞いて、俺とシャルルは顔を見合わせて「とうとう来たか」と嘆息した。
「ひまっ! 飽きた!!」
眉間に皺を寄せて大きな声でそう主張するエヴァ。
昨日出発し、途中の町で一泊。
そして、今日の今までなんだかんだで騒がずに来たのだからエヴァにしては耐えたのだろう。
「持ってきたお菓子もみんなで食べちゃったし、言葉遊びだって何回もして飽きちゃったし」
そう不満そうな顔をする彼女を見て、俺は立ち上がって馬車の前にある小窓から前を覗いて、馬車を走らせる使用人のギルベルトに話しかける。
「ギルベルト、目的地まであとどれくらいかかりそうかな」
そうやって覗き込んだ先で、ギルベルトは特徴的なその鷲鼻を搔きながら答える。
「へい、坊ちゃま。この丘を越えたらもうすぐの筈ですよ」
「――だってさ、エヴァ」
ギルベルトの話を聞いたエヴァは、小さく口を尖らせて身じろぎをして座りなおす。
そんなエヴァに何か話題を提供しようと、シャルルがギルベルトに話しかける。
「ギルベルトさんは、ジュワユーズ領に行ったことがあるんですか?」
シャルルがそう問うと、ギルベルトは胸を反らしてどこか自慢げに返す。
「行ったことがあるも何も、あっしはジュワユーズ領の出身でして」
「え、そうなの?」
意外な言葉が出てきて、俺は驚いた。
そう言えば、確かに彼の出身地なんて今まで知る機会はなかったか。
「ジュワユーズ領は、まぁ都会ではないですが比較的高地で夏も涼しく、ヤギと川魚が美味しい所です。治める旦那様の手腕で、納める税も高くないし、あっしは此処より住みやすい田舎は知らないっすね」
朗らかに、そして自慢げに故郷のことを話してくれるギルベルト。
実に楽しそうに話す彼の言葉に、さっきまで騒いでいたエヴァも耳を傾ける。
「代わりに派手さとか、お金になる特産もそんなに無いっすがね。昨日までの道と違って、今の道はあっしら以外、殆どすれ違わないでしょう」
「確かに、そう言えばそうですね」
ギルベルトの言葉に、シャルルが頷く。
そう言えば、昨日通った道は、馬車による往来も多く泊まった町宿も人が大勢いた。
だが、今通っているこの道は、先ほどから殆ど誰も見かけない。
道もどこかガタついているような。
「ここは、ミモザはハダルといった大都市とは外れた場所ですから。通る旅人も商人も殆どいないんですよ」
そのことを聞いて俺は、顎に手を当てて考えてみる。
つまるところ、交易路もなく発展もしてないしその望みも薄いのがジュワユーズ領というわけか。
――これは、想像以上のド田舎では。
俺は、静かにジュワユーズ領で過ごす休日のイメージを下方修正した。
「――あ、そろそろ丘を登り切ります! 見えてきますよ!」
内心ちょっとがっかりしたところで、ギルベルトがそう声を出す。
その声を聞いて、俺たちは窓に身を寄せた。
そして、その車窓から一陣の風が吹き抜ける。
「――これは」
色とりどりの野花が咲く丘の上からは、遠くには白い雪を頂く青い山脈が見える。
静かに、それでいて力強く流れる川に、遮るモノのない蒼天。
吹く風は、リゲルの鉄と石の匂いとは違う爽やかな香りを運んでくる。
眼に痛いほど生き生きとした蒼と緑が、視界いっぱいに広がる。
生まれて初めて目にする、自然の絶景がそこにあった。
「ようこそ、坊ちゃま方! ここがジュワユーズ領です!」




