ACT.21 運命の蹄音(Ⅲ)
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突然だが、処刑人というのは裕福である。
処刑人の仕事は年俸制で、毎年国王から定額が贈られる。
その額、およそ16000ギール。
一般的な国民の平均年収が2700ギールだと言われているから、その約6倍である。
この金額が、比較的新しい処刑人の収入となる。
ならば、古い処刑人の家系の場合はどうなるのか。
実は、そういう家系は国王からの年俸を辞退し、貴族の様な領地を持って経営して税収を得ている。
その場合の年収というのは、6倍程度では済まない。
そして、王国で最も古い処刑人であるジュワユーズ家は、当然の様に後者だった。
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「ここから馬車で一日半南へ駆けた場所に、ジュワユーズ家の領地がある。そこに、ルテル家の子息やナミュール伯のお嬢様と一緒に向かえ」
「そ、そこで何をするんですか?」
「――何も」
俺が理由を問うと、祖父はそう言った。
ジュワユーズ家の領地。
そんなのがあることは知っていたが、俺はそこを見たことがなかった。
だから、祖父の考えている真意がわからない。
「一週間時間をやるから、そこで過ごしてきなさい。――帰ってきたなら、お前の覚悟を問おう」
お前の覚悟を問おうという、その言葉を聞いて、俺はようやく祖父の真意に思い至った。
つまり祖父は、俺がこのまま処刑人になることを良しと考えていない。
考え直す時間を授けると言っているのだ。
「おじい様、俺の覚悟は変わりません! 必ず跡を――」
「くどい。話は終わった、行け」
祖父は俺の主張など意に介さず、一瞥も視線も合わせずに、会話を切った。
俺は、そのことが悔しくて奥歯を噛みしめながら、無言で執務室を出た。
暖かな春の日差しが差し込む廊下の窓際、その窓枠に手を付いて体重をかけながら大きくため息を吐く。
祖父に対する怒りはない。
あるのは、祖父に見抜かれる程に弱い俺自身への怒り、情けなさだ。
「俺、本当にダメだな」
そう独り言をつぶやいたが、そんな自虐は誰にも聞かれることなく、暖かな陽気に溶けて消える。
しばらくそこで呆けていたが、このままじゃいけないと両手で軽く頬を叩いて気分を入れ変える。
「気持ちを切り替えろ、気楽にいこう」
今回の話は、要は旅行みたいなものだ。
俺は物心ついた時から、リゲルの外に出たことがないし、これはきっといい経験になる。
それにきっと、襲名してからだとリゲルを離れることも少なくなるだろう。
もうきっぱりと切り替えて、楽しんでしまおうじゃないか。
「――よし、大丈夫だ」
こうして嫌な気分を払拭し、この話を伝える為にシャルルの元へ急ぐことにした。
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こうして、俺の――否、俺たちの旅は始まる。
シャルルとエヴァと、お互いの立場なんて気にせず過ごせた最後の一週間。
最初で最後の思い出の旅路が。
神聖ルーレンスの通貨は3種類あります。
ギール金貨、レイノル銀貨、ファフ銅貨と言い、それぞれの現代日本円での価値換算だと、下記の様になります。
1ギール:5000円
1レイノル:100円
1ファフ:5円




