ACT.18 少年の進む道(Ⅱ)
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「――そんな話、私聞いてないんだけど」
勉強部屋に戻ったあと、少しふくれっ面になったエヴァがそう漏らす。
その姿にシャルルは思わず苦笑して話しかける。
「僕も数日前に知ったことだしね、エヴァが知らないのも無理ないよ」
「今回だけは特別にって、エドのおじい様はやさしいわね」
そう言ってエヴァが話を俺にふるが、俺はそれに対して曖昧に笑って誤魔化す。
――あの日、祖父と交わした話の詳細は、二人には伝えていない。
無論、俺が提示した条件もあの少年には話していない。
あの内容は、俺と祖父だけが知るモノになった。
みんなには、俺が懇願して祖父に受領してもらっただけと話している。
――俺の未来を担保にしただなんて、話しても仕方ないし。
「まぁ、それもあの子が成人するまでだけどね」
「え、そうなの?」
「うん、18歳になるまでこの屋敷で働いて、それ以降は出て行ってもいいし、まだ働きたいなら再度そこで契約をし直すってことになってるよ」
概ね、俺の出した条件を祖父は飲んでくれた。
ただひとつ、俺の出したモノと違うことになったのは、彼の拘束期間を明確に設置するという点だ。
この国で成人と認められる18歳までここでジュワユーズ家の庇護下で働かせ、それ以降は本人の自由とするというものだ。
無論、ジュワユーズ家を出る際は十分な退職金を持たせることを祖父は約束した。
その話を聞いた時、俺は目を見張った。
それが俺の出した条件よりも、彼にとっていいモノだったからだ。
俺が良いのですかと問うと、祖父は首肯してこう言った。
「お前が全てを差し出したのだから、儂も最大限その心に答えよう。――だが、エドワードよ、お前は若すぎる。お前にはまだ時間がある。」
あの日の翌日に、ベットに横たわる俺の傍らで祖父は幾分か柔らかい表情で言った。
「優しさは、子供の時は美徳かもしれないが、お前は優しすぎるのかもな」
そう呟いて部屋を出て行った後ろ姿は、何とも言えない雰囲気を纏っていたように思えた。
「――エド? どうかした?」
ふとその時のことを思い出して呆けていた俺の意識を、シャルルが引き戻す。
何でもないように首を振って向き直ると、未だにエヴァはどこか不機嫌そうだ。
「え、エヴァ? 仲間外れにしたわけじゃないんだよ?」
「べっつにぃ? エヴァはそんなことに怒ってないですぅ」
――どう見ても怒っている。
その理由に心当たりが無く、どうしたもんかと頭を悩ませる。
「もしかして、エヴァは彼が嫌いなの? 話してみればわかるけど、悪い子じゃ――」
「ん、エド?」
俺の言った言葉に何か引っかかりを感じた様に、シャルルが聞き返す。
「エド、彼って誰のこと?」
その時シャルルが言ったセリフの意味が、俺には全然理解ができなかった。
「それってどういう――?」
そう言いかけた時、部屋のドアがぶしつけにノックされ、中の返事も聞かずに開けられる。
勢いよく開かれたその先にいたのは、見覚えのある黒い制服を着た使用人であるメアリと――。
「坊ちゃま、この子やっぱり逸材でしたよ見てください!」
――子供用に設えた、メアリと同じ服を着た可愛らしい少女が立っていた。
その少女は、褐色の肌と黒い髪というどこかで見た特徴をしてて――。
「も、もしかして」
シャルルは呆れたような顔でため息をつき、メアリは予想外の展開にニヤニヤと笑い、依然としてエヴァはむすっとして、少女は恥ずかしそうに俯いて。
俺といえば、「そういえば、あの子の名前聞いてなかったな」と今更なことを思った。
「――そ、ソフィです。あ、改めましてよろしくお願いします」




