ACT.12 望まぬ才能(Ⅶ)
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「馬鹿者がっ!」
その夜、祖父の怒号が屋敷を震わせた。
初めて聞くその声を、俺は額に包帯を巻き右手を吊ったボロボロの姿で聞いていた。
――憲兵に保護されたあと、大怪我を負った俺と少年、そしてあの男はルテル家に運び込まれ、一報を受け急遽帰宅したルテル氏によって治療を受けた。
少年は重傷ではあったが、命に別状はなく。
俺も頭部や肩に裂傷と打撲、右腕骨折をしたがなんとか無事であった。
そして、心配するシャルルやエヴァと別れた俺が屋敷へ帰宅すると、そこには未だかつて見たこともないくらいに怒りを滾らせた祖父が待っていた。
「お前は、今回自分がどれほど危険なことをしたかわかっているのか」
その言葉を受け、俺は黙って俯くしかなかった。
「薬品庫から飛び出した盗人を見たとき、お前がするべきだったのはなんだ。それは、盗人を追いかけることではなく、大人に報告することだ。その時家に大人がいなかったのなら、街の憲兵に言うでも、エリオット氏を探しに行くでもよかった。何故、そんな無茶をした」
「ご、ごめんなさい」
俺はそう言うほかなかった。
あの時の俺は、何も考えずに行動していた。
自身の行動が、結果的にどういう結末を呼んでくるかなんて、考えていなかったのだ。
「自分の行動のツケを自分で払うならまだしも、あの時お前の傍には誰がいた」
「しゃ、シャルルとエヴァがいました」
「――エドワード、お前は自分のせいで、掛け替えのない友達を失ったかもしれないのだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が涙で滲んだ。
――そうだ、そんなんだ。
あの時、何かが違えばもっともっと大変なことになっていたのだ。
それこそ、シャルルやエヴァを永遠に失ってしまいかねないような事に。
そのことに気が付いた瞬間、とてつもなく悲しい思いが涙と共にこみ上げてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「――お前たちは、子供にしては賢く優しい。だがそれ故に儂らに遠慮している時があるように思う。――お前たちは、まだ子供だ。大人を頼れ」
「はい、はいっ! ごめんなさい、おじい様!」
泣き崩れる俺の傍に、膝を付いて腰を下ろした祖父は、そのまま俺を力強く抱きしめてくれた。
「エドワードが無事で、よかった」
そんなことを言ってくれた祖父は、温かかった。
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その後、ルテル氏から頂いた鎮痛薬を服用し、ベットに入った俺の傍で使用人のメアリがやさしく微笑む。
「今日は大変なことがいっぱいありましたね。今日はもう何も心配することなく、ゆっくりお休みなさい」
そういって優しく布団を叩く。
心地いいそのリズムは、だんだんと俺の意識を微睡に溶けさせていく。
しかし、ふと。
あることが頭をよぎった。
――あの少年は、大丈夫なのだろうか。
きっと俺より重傷を受けた少年。
本来守ってくれるはずの父親から、物の様に扱われた少年。
頼っていいと言ってくれた祖父の様な、頼れる大人がいなかった少年。
「――メアリ」
「なんですか、坊ちゃま」
「あの子は、だいじょ――」
薬のせいも手伝ってか、俺の言葉は言い切ることなく、意識とともに夜の暖かな闇に溶けた。




