ACT.10 望まぬ才能(Ⅴ)
「シャル!!」
それを見た瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。
勢いよくシャルルの身体に体当たりし、一緒に倒れこむ。
酒の空瓶が頭上を通過したのは、その直後だった。
「きゃあああああっ!!」
劈くようなエヴァの悲鳴が、暗い路地裏に響く。
心臓がばくばくと脈打ち、口から飛び出そうになる。
突然訪れた危機に、頭がうまく回らない。
「エヴァ、逃げろ!」
「で、でも」
それでも、この中で一番非力なエヴァ。
彼女が一番危ない。
ここにいちゃいけない。
「早っ――」
「――うるせぇ」
叫ぼうとした瞬間、身体が大きく吹き飛ばされる。
突き当りの方へ転がり、遅れて腹部に鋭い痛みを感じる。
地面に伏して見上げると、そこには足を突き出した男がいて、そこではじめて自分が蹴り飛ばされたことを知る。
「ったく、おいてめぇ。誰がガキまで連れてこいっていった」
男は、落ちくぼんだ酒精で濁った眼を俺たちに向ける。
その眼には生気もなければ、正気も感じることができなかった。
「くっそ、頭痛ぇ。役に立たねぇクソガキだ」
そういうと、恐怖で足がすくんで動けないシャルルと痛みで動けない俺を素通りして、男はずんずんと歩を進める。
突き当りで怯えたように麻袋を握りしめている少年の前まで行くと、その男は右手を振り上げる。
その手に握られているのは、酒瓶。
「ちょっ――」
次の瞬間、男は少年の頭を酒瓶で思いっきり殴りつけた。
ゴンっという嫌な音がして、頭を押さえて少年が倒れこむ。
そして倒れこんでうずくまる少年にも、執拗に足蹴りをしはじめる。
「ゴミが、ゴミが、ゴミが」
「ぐっ、ご、ごめ――」
「誰がしゃべっていいっつったボケが」
謝罪の言葉を口にする少年の身体に、容赦なく足が刺さる。
その光景を見て、怯えながらもシャルルが叫ぶ。
「や、やめて! 死んじゃう!」
祈るようなその声を聞いた男は、一瞬蹴るのをやめて振り返る。
その濁った眼光が、真っ直ぐにシャルルを射抜く。
シャルルが、気圧される様に肩を震わす。
「このガキは、俺の子供だ。殺そうが何しようが俺の勝手だろ」
男は、信じられないことを言った。
自分の子だからどう扱ってもいいといった。
自分さえよければ、誰がどうなろうとかまわないと振舞った。
――この男は、俺がはじめて出会った本物の悪意だった。
かつてエヴァが言っていた、”わるいひと”。
この時はじめて俺は――
――この男を処さねばならないと思った。




