ある事故物件を借りた話
私が事故物件を探していると言うと
不動産屋はある事故物件を紹介してれた。
この事故物件こそ、私が探していた事故物件だ。
「ほんとにいいんですか?」
不動産屋は何度も何度も確認してくる。
わざとらしく、うんざりした顔をして見せると、店員はようやく契約書を持ってきた。
不動産屋の男は宅建の免許を見せて、「うちは良心的な不動産屋ですから」と言ってから、その物件の説明を始めた。
「何度も説明しておきますが、この物件は事故物件です。事故物件ってご存じですか?」
「ああ」
「この物件はとくに要注意物件でして、今まで何人もの方が入居したんですが、全員が3か月以内に退去されています。これだけ入れ替わっていれば、もう事故物件と説明する必要はないんですがね。さっきも言ったように、うちは良心的でやってますから。だから正直に話すんです」
不動産屋の男は何度も「良心的」という言葉を口にして、事故物件の話を始めた。
「まあ、この業界じゃあよくある話なんですよ。このアパートに住んでたのは夫婦だったんですけどね。ところが旦那さんが奥さんを殺してしまって、床を引っぺがして床下に埋めちゃったんです。しばらくはバレなかったんですが、隣の部屋から異臭がするっていう通報があったもんで警察が踏み込んだら、旦那さんが真っ青な顔で奥さんを殺して埋めたって自供したんです」
普通であれば、こんな話を聞いて部屋を借りようなどとは思わないだろう。
最近はこういった事故物件を狙って入居するやつもいるようだが、そんなやつは例外だ。
「床下の土を掘ったら奥さんの死体が出てきましてね、死体と言っても半分くらいは白骨化してたらしいんですが。それからが大変でしたよ。清掃業者を呼んでクリーニングをしてもらうんですが。あっ、知ってます? こういう時の清掃業者はそれ専門にやってる特殊業者なんですよ。最近は孤独死される人が増えてますからね」
それからも不動産屋は、いかに匂いを取るのに苦労したとか、隣に空き地でもあれば一緒くたにして新しいマンションでも建てた方が良かったとか、事故物件の後始末の話を嫌になるくらい続けてくれた。
「前に入った方もね。事故物件を探してたんだ! みたいなことを言ってたんですけど、結局3か月で出てっちゃったんですよねえ。何があるんでしょうかねえ」
そう言って不動産屋はにやりと笑った。まるで、住人が出ていった理由を知っているかのようだ。
「大家さんが一度お祓いをしてもらおうと霊媒師を呼んだらしいんですがね、アパートをひと目見るなり帰っちゃったらしいんです。あまりに悪い気が溜まり過ぎてて、どうしようもないって。結局今では他の部屋の住人も出て行っちゃって、もう誰も残ってないんですよ。最後にもう一度聞きますけど、ほんとにあの事故物件でいいんですね?」
「ああ、構わん」
「分かりました。じゃあここにサインをお願いします。あと、普通の物件なら契約は2年なんですけど、この物件だけは3か月ごとの更新になります。理由は分かりますよね?」
私は言われるままに契約書にサインをして、欲しかった事故物件を手に入れた。
今、私の足元には、ひとりの女の死体がある。
その口はだらしなく開けられ、気味の悪い舌が口元から垂れ下がっていた。
目は見開いたまま、まるで恨んでいるかのように俺を睨んでいる。
このビッチでクソな女の最後に相応しい姿だ。
俺を馬鹿にして、そのくせ離婚しようとはしなかった。
俺には一円の小遣いも渡さないくせに、自分は好きな服を好きなだけ買っていた。
そして、あろうことか、俺たち夫婦のマンションで、俺の上司と情事にふけっていやがった。
ビッチでクソで我がままで、生きている価値のない女。
それがこの女だ。違う。女だった。今はもうただの肉の塊だ。
さあ、さっそく取り掛からなければ。
俺は畳を引っぺがし、床板を一枚一枚外していった。
このアパートの床下に、この女だった肉の塊を埋めるためにだ。
床板を外し終えると、俺の足元に地面が現れた。
予想通りだ。
「もう、掘り返されてない場所がほとんど無いな」
俺は、まだ掘り返されていない場所を探し、スコップを突き当てた。
この調子だと、ここにどれだけ埋まっていることやら。
誰かが埋めた肉の塊を掘り返さないようにしないとな。
異臭が発生すると面倒なことになる。
もっとも、もう誰も住んでいないアパートに近づく者などいないだろうが。
俺は不動産屋からもらった「入居の手引き」を取り出した。
「へえ、50センチも掘って埋めれば、ほとんど異臭はしなくなるのか」
本当に至れり尽くせりだ。
さすが良心的な不動産屋というだけのことはある。
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