７７ 飲み会 ― ライノ達
ぐつぐつと鍋が煮え、湯気に乗って美味しそうな香りが広がる。
この近くのダンジョンで捕れる蟹系モンスターは肉こそ硬くて食べ難いが、煮込むと旨味が出て美味しいスープになる。そのスープで旬の食材を煮込んだ鍋だ。
レピアス様の"自作ガイドブック"では特集が組まれている地域の名物料理である。とはいえ、この蟹型モンスターは結構強い。その為、お気軽には食べられない。高級品だ。
俺達は予定通りヴィオラさんと合流し、6人で帰国の途にあった。ここは今夜泊まる宿の、食事用の個室だ。この街で一番高価な宿なので、出される夕食も相応である。
「良い匂い。これは期待できるね」
スティナはるんるんだ。
「ふふっ、美味しいですよ。さて、この鍋に合うのは……やはり米の蒸留酒ですかね。神権行使！ お取り寄せっ！」
レピアス様が虚空から酒瓶を取り出す。いつも通り認識操作により、フランくんとヴィオラさんはこの酒類召喚を自然な行為と認識する。
レピアス様は透明なお酒を皆に注いでいく。
「じゃ〜蟹の風味に乾杯！！！」
レピアス様の音頭で乾杯。カチンとグラスをぶつけ、きゅっと杯を傾けて中身を飲み干す。
蒸留酒だけあって酒精は強い。だが口当たりはまろやかで、米の仄かな甘みが舌を包む。
美味しい。
「これは……これが蒸留酒？ 素晴らしい」
ヴィオラさんが感激の声を上げる。
「ふふっ、美味しいでしょ〜」
レピアス様は誇らしげだ。翼もパタパタしてる。
フランくんが優美に鍋を取り分けてくれる。本来なら宿の従業者が世話してくれるのだが、部外者がいると情報管理に気を使うので外して貰っていた。
まずは葉物野菜から口に入れる。蟹の風味がしみてる。美味しい。
お酒をくいっ。美味しい。
白身魚を食べる。美味しい。
くいっ。
会話は弾まない。舌は蟹で忙しい、黙々と食べてしまう。
時々ポロリポロリと話はするものの概ね静かな時が過ぎていく。
酒はどんどん進み、スティナが「あはは。美味しい〜」とふらふらしている。
トレニアが心配そうにスティナの肩を支えた。
「ちょっと、スティナ飲み過ぎ！ もう。仕方ないから寝室連れて行きましょう」
俺は「ごめん、引き続き鍋を楽しんでて」と言ってトレニアと共にスティナの両脇を抱えて連れ出す。
廊下を進み、寝室へ移動する。
中に入り、部屋のドアを閉じるとスティナはフラフラする演技を止め、しっかりと立つ。
「よし、上手く行った」
「上手く……行ったのか？ 少なくともフランくんには通じないと思うけど」
「良いんだよ。バレたって」
カチャっと音がして窓が開く。レピアス様が窓から入ってくる。
「とりあえず『夜空に星を摘みに行ってきます』って言って出てきましたよ？」
滅茶苦茶な理由での退席だが、レピアス様の認識操作は絶対だ。いかにフランくんが優秀でも、どれほど美少年でも関係ない。
レピアス様は自然な理由で自然に退席したと感じている筈である。これでフランくんとヴィオラさんは二人きりだ。
何でこんな妙な事をしているかと言うと、全てスティナの悪ふざけである。
道中、馬車の中でフランくんとヴィオラさんは何だか良い感じだった。二人とも博識で頭の回転も早いからか、波長が合う感じで話も弾んでいた。
それを見たスティナが「フランくんとヴィオラさん二人きりにしてあげようよー」と子供みたいな事を言い出した。
もちろん従った俺とトレニアも同罪だが、主犯はスティナである。
レピアス様は神様なので無罪だ、たぶん。
「でもまぁ、確かにお似合いではありますよね」
トレニアがしみじみと言う。ヴィオラさんは才女だし、美人だ。フランくんは云わずもがな。二人並ぶと確かに絵になる。カップルというより美人姉妹って感じだが。
「だよねー。それに、ただ帰るだけだと退屈だし」
スティナがうししっと楽しそうに笑う。
全く、神様まで居るっていうのに誰も止めないとは。
◇◇ ◆ ◇◇
よく分からない小芝居をして、ライノ達が出て行った。
妙な気を使われたものだとフランは苦笑いする。とはいえ、悪い気はしない。
ヴィオラと話すのは楽しかったし、たまには二人というのも良い。
「しかし、このお酒美味しいですよね。高濃度瘴気実験室の完成を前に外国に駆り出されて貧乏クジだと嘆いてましたが……うん、良かった。得難い経験もできましたし」
腹も膨れ、会話も弾む。ヴィオラの顔はお酒で少し赤くなっていた。
「得難い……そう言えば超高速で空を移動してましたね」
「はい。あれは凄かったですよ。研究馬鹿の私も純粋に気持ち良いと思いました。ちょっと恐いですけどね」
「私も、極域魔法の乱射なんてものが見れて、実は少し楽しかったです。戦争なのに不謹慎ですけどね」
ふふふと笑い合う。
「ヴィオラさんは帰ったら研究三昧ですか？」
「そのつもりです。瘴気実験室が楽しみです。やりたいことが沢山ですよ。フランさんは帰国したらロデンタですか？」
「いえ、もうライノさんの監視はしない予定なので御役御免です。差し当たって特別な仕事もなさそうなので、当面の間は王都でのんびりしていると思います」
「おー。もし暇だったら研究手伝ってくれても良いのですよ？ フランさん作業早いし何気に知識あるし」
「では暇で困ったときは錬金術師ギルドの世話になります」
やっぱりウマが合うな、とフランは思った。
読んで頂きありがとうございます。
別の作品も投稿始めました。読んで頂けたらとても嬉しいです。
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『へっぽこ王女が追ってきた 〜 元辺境伯です。俺を追放した王女が訪ねて来ました。なに？ 大臣の言う通りに追放したら大変な事になった？ 責任を取って連れ戻しに来た？ そっか……』
