52 女神様の訓練登山
フロックス達はアニタを除く7人でダンジョン、クルッカス渓谷にやって来た。
ここを主要な狩場として生計を立てる。安定した需要のある素材が入手でき、モンスターの強さ的にも丁度良い。
真っ当なプラン、今やフロックスは馬鹿ではない。
渓谷は美しい場所だった。左右の山は深い緑をたたえ、間を流れる川は澄んだ水が滔々と流れている。
瘴気さえ湧かなければ景勝地だ。
もちろん実際はダンジョン、川に入れば魚系モンスターに喰い付かれ、木々の間から顔を出すのは獣型モンスター。
「手筈通り俺が先頭、レベッカが殿で後方警戒で進むぞ」
川辺を上流に向かい歩く。
フロックスは川に、山にと目を走らせながら進む。剣はいつでも振れるように構えている。
と、川から突然何かが飛び出して来た。フロックスは剣を振るい、それを斬り落とす。
魚系モンスターが頭部を断たれ、跳ね転がって力尽きる。
「川から魚が飛び出してくる、事前情報の通りだな。皆、ありがとう」
ラドルルの街の冒険者ギルドに登録に行ったとき、ヘルヴィ達にクルッカス渓谷の情報も集めて貰っていた。
クルッカス渓谷の探索経験者に酒を奢って謝礼も払い、注意点を聞いて来たのだ。
最初から警戒していたから対処できたが、不意打ちなら危険だ。
「確かこの魚は売れないんだよね、川に捨てとこ」
レベッカが死体を蹴り飛ばし、川へと落とす。食べることは可能だが、腐りやすく味も悪いとのことだ。
フロックス達は再び歩き出す。
「初挑戦のダンジョンですから、無事帰れれば及第点ですけど、ダートタートルか銀華草どっちかは欲しいですよね」
ミラが呟いたそのとき、木の陰からのっそりと毛むくじゃらの巨体が2つ現れた。梟の頭に熊の体、モンスター『オウルベア』だ。
フロックスは流れる手付きで筋力増強ポーションを飲み干す。
「ミーナ後衛フォロー、レベッカ後方警戒継続!シーラとミラは攻撃準備!」
フロックスは叫ぶ。ヘルヴィが槍を構え、フロックスの横に並ぶ。
グォォォ!
2体のモンスターは叫び、二足で突進してくる。
迫る敵を前にフロックスは『やはり怖くないな』と思った。盗賊の頭と戦ったときと同じ、冷静に対処すれば済む。
このモンスターはパワーはあるが、知能は低い。鋭利な爪は脅威だが、リーチは剣の方が長い。
フロックスは前に踏み込み、剣を振り上げ渾身の力で振り下ろす。
必殺は狙わない。切っ先が敵の顔に届けば十分。斬撃は狙い通りオウルベアの顔面を切り裂き、右目潰す。
オウルベアは「ビギャァ」と叫び、腕を振り回す。
すぐさま斜め後ろに飛び退くフロックス。射線が通り敵は止まった。
ミラの矢とシーラの魔法『石槍』が飛び、オウルベアに突き刺さる。
致命傷かつ行動不能と判断し、フロックスはもう一体に注意を切り替える。
オウルベアはヘルヴィの構える槍の長さの前に突進を中止し、威嚇の叫びを上げ止まっている。
フロックスは走り、オウルベアの後方に回り込んで斬りかかる。
挟み撃ちにされ、フロックスに向き直り爪を振るうオウルベア、剣で爪の一撃を打ち払う。筋トレとポーションの力だ。
ヘルヴィに背を向けたオウルベアに彼女は渾身の突きを叩き込む。槍はオウルベアの胸を貫く。
倒れ伏すオウルベア、矢と魔法を受けた一体目も死んでいる。
オウルベアはこの渓谷でも比較的強いモンスターだ。それに問題なく勝利できた。適正レベルのダンジョンという判断は正しいようだ。
「よし。狙いの獲物じゃないが、皮剥ぐぞ、一応毛皮は売れる!」
「任せて!私達剥ぐの得意だよ」
嬉々として作業にかかるのはミーナとシーラ。可愛い顔して手際良く剥いでいく。
その後も探索し、目当ての銀華草も少数ながら発見、初回の渓谷探索は成功裏に終わった。
◇◇ ◆ ◇◇
これ無理ぃぃいいい!
だめぇぇえ!!!
心の中で絶叫し、俺は岩から岩へと飛び進む。レピアス様に連れられて、極域の身体強化魔法『信ノ海原』を使用しての超高速登山中だ。
この極域バフ、慣れずに実戦で使うと事故死するというのは本当だ。身体能力が強化され過ぎて、上級魔法の身体強化に慣れている俺でも自分の体が使いこなせない。
最初は茂る木々の間を縫っての移動で何度も木に衝突し、重傷を負った。その度に回復魔法で治し、すぐ再出発。
凄まじい速さで登り続け、景色はすっかり変わっていた。
木々はなくなり、岩とその間に生える草だけ。見晴らしはとても良い。
「完全に森林限界を超えましたねー。あ、森林限界というのは高木が生育できる限界高度のことですよ」
レピアス様は相変わらず凄い。人間バージョンだから条件は同じはずなのに、俺は喋る余裕なんて全くない。
木に衝突する危険はなくなったが、楽にはならない何故ならーー
足を着いた瞬間、視界がぐらつき、そのまま回る。顔面を岩に打ち付ける。
脳を揺さぶる衝撃。痛くはない。無事なのではなく、痛みを感じないレベルの怪我なのだ。回復魔法がなければ、このまま死ぬだろう。
攻撃された訳ではない。浮石を踏んでしまったのだ。
極域バフでの高速移動は野生動物をも遥かに上回り、放たれた矢のような速度。下手な場所に足を付けば、猛烈な勢いで転ぶ。どこに足を付くか、一瞬で適切な判断をし続けなくてはならない。
「はいはい。回復しますよー」
レピアス様が治してくれる。もう何回目か分からない治癒。
「はい、じゃあ再詠唱しましょー」
「は、はい」
凄まじいシゴキであるが、レピアス様の顔には優しさしかない。人間時代から規格外だったこの方、混じりっ気なしの善意でこの修業を企画している。
空気も薄くて、詠唱も楽じゃない。
「さ、山頂まで行って稜線を進んで、隣の山へ、その後はどーんって降りますよー。降りたら模擬戦行ってみよー」
うへぇ……
◇◇ ◆ ◇◇
俺はクーシュタに帰還し、いつもの酒場でスティナ、トレニアと合流した。向こうも丁度旅先から帰ってきたところだ。
温泉に入ったらしく、心なしか二人ともツヤツヤしてる。まぁ、元から二人とも肌綺麗だから、気のせいかもしれないけど。
「ライノ、なんかボロボロ?服も普通だし、怪我もしてないけど……」
スティナが小首を傾げて言う。
「服はどうせズタボロになるから安い服買って使い潰したんだよ。怪我は、何十回か回復した」
「うあ、相変わらずレピアス様ですね」
言って、トレニアが笑う。
「こっちは温泉気持ちよかったよー」
「いいなぁ、温泉」
スティナと一緒に入ってみたいな、なんて。
「ご注文の麦酒でーす」
店員さんがお酒を持ってきてくれる。もちろん緑色の謎液体ではない。
「では、ライノくん修業お疲れ様。無事に極域バフを実戦で使えるレベルに到達しました、偉い!かんぱーい!」
レピアス様の音頭で杯をぶつけ合う。
たぶん、今日は俺すぐに酒が回るだろう。冷えた麦酒はスカッと喉を過ぎていく。美味しい。
「でね、ライノにお土産あるんだ」
言ってスティナが布にくるまれた細長い何かを出す。布が捲られ、出てきたのは一振りの剣だ。
「おおっ!剣だ」
スティナから受け取る。見た目より軽い。
鞘から抜いて刀身を見る。仄かに青みのある美しい剣。これ凄いやつだ。
「おーおおーー」
レピアス様が珍しく驚きの声を上げる。
「鉄、ミスリル、モリブデン、コバルトの合金に龍髄紛混ぜてますよ。合金作る段階で上級魔法複数併用が必須です。加工もばっちり、名剣です。よくこんなの見つけましたねー」
レピアス様の解説はよく理解できないけど、良い剣だ。嬉しい。
「ありがとう。凄く嬉しい」
うん、俺もだいぶ強くなってきたぞ。爺ちゃんの背中は遥か遠いけど。
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執筆初心者ですが、頑張ってみますので、よろしくお願いします。




