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午後四時。

ほとんどの学校においては放課後を意味する時間。そしてそれはこの派素(ぱそ)高校も例外ではない。

部活に所属している生徒以外はほとんど帰っており、校内は静かだ。たまに外から聞こえてくる野球部の掛け声だけが、静かな校内に色を付ける。

そんな廊下に、一人の女子がいた。腰の辺りまで届く黒髪を揺らしながら、目的地へ向けて歩いていく。時々人目を気にするように、チラチラと視線を四方に向けている。その様子は完全に不審者だ。

しばらく歩いていると、やがて目的地へたどり着いたのか、彼女の足が止まる。そして最後にもう一度だけ辺りを見回してから、彼女は素早く目の前のドアを開けて教室の中に入った。

その教室の看板部分にはただ一言。『コンピューター室』とだけ書かれていた。




「……ふぅー。よし、誰にも見られてない、後もつけられてない……大丈夫、バレてない……」


半分は自分に言い聞かせているように何度も深呼吸しながら、彼女━━━七色(ななしき) (ひかり)は後ろ手にドアを閉めた。いつもは容姿端麗頭脳明晰八方美人と学内で通っている彼女。しかし今の七色の姿からは、そんな要素は一欠片も感じられない。

彼女がここまで挙動不審になる理由は二つある。

一つ目は、彼女は別に許可を取ってここに来ているわけではない、ということ。五時間目のPC授業の時に、コッソリ鍵を開けておいたのだ。

いくら放課後に人の目は少ないとは言え、見つかれば面倒なことになるのは避けられない。彼女がこれほど警戒心を強めるのもまぁ当然とは言える。

そして二つ目は。


「前から四番目━━━そして左から五番目のPC……」


合間にあるPCを指でなぞりながら、子供が数え歌を歌うような足取りで、七色はそのPCへと向かう。


「今日も来たよぉ……PCくん……♪」


理由の二つ目は、彼女がこれからPCを愛でるからだ。




「ふふ……ちゃんと待っててくれたんだ♪」


少女は小さく笑いながらPCの表面を撫でる。触れるか否かのそれは、まるで上品なフェザータッチ。こまめに磨かれているのか、表面のパネルは窓から入る光を反射して光沢を作っている。


「ちょっと古いタイプだけど、磨けばちゃんと綺麗になるんだよねぇ。先生も宇井(うい)ちゃんも、なんでわからないのかなぁ」


PCに関する知識がゼロの友人の顔を思い浮かべながら、七色はパネル部分に指を這わせる。たったそれだけの行動なのに、七色の背筋のあたりにゾクゾクとした感覚が走った。

七色 光には、ちょっと人に言えない性癖というものがある。

彼女はPCが好きなのだ。

実家の家電専門店を営んでいる両親の元で生まれた彼女は、幼き頃から家電に触れることが多かった。そしていつの間にか、彼女は家電に惹かれるようになっていった。

中でも彼女が最も心惹かれたのはPCだった。

売り物のPCを見るたびに、七色の脳裏には見たこともない人間の顔が浮かんで来る。新しいPCはスタイリッシュなイケメンさん。古いPCは頑固だけど本当は優しいおじいさん。

そんなことを思いながら仕事の手伝いをするのが幼い頃の彼女の日課。

そしていつしか、彼女はPCに対して『恋』にも似た思いを抱くようになっていった。あのフィルムの輝きと、内部パーツの配置。そしてそれを好きに弄ることができる。それが幼き日の彼女にとっては、たまらなく魅力的だったのだ。その思いは、高校生になっても変わらなかった。


「なんで皆、これを理解してくれないんだろ……」


そして今に至る。七色はフィルムだけでなく、マウスも手に取って上から下からと眺めている。本物の(ねずみ)のように手の平の中にすっぽりと納まってしまうマウス。

でもこんな小さなものが、PC本体を意のままに操ることができる。これがなければ、PCはその能力を発揮できない。PCはどう足掻いたってマウスに逆らえない。

そう考えながら、七色は恍惚の表情を浮かべつつマウスを元の位置に置いた。


「それじゃあ、今日もメンテナンスと行きましょうか……。アナタって繊細だから、細かくメンテナンスしてあげないとねー♪」


鼻歌を歌いながら、彼女はスカートのポケットからドライバーと軍手を取り出す。こうして放課後にコッソリPC室へと侵入して、目の前の古いPCをメンテナンスするのが彼女の日課となっていた。

この古いPCは、羽素高校に入ってから七色が『一目惚れ』したものである。ちょうど良い感じに汚れている方が、手入れのしがいがあって彼女は好きだ。入学してからほぼ毎日メンテナンスをしているのに飽きがこない程度には、彼女はこのPCにメロメロだった。


七色は軍手を手にはめて感触を確かめながら、ドライバーを手に取る。そしてそれをゆっくりとネジ穴に差し込み、親指と人差し指だけでドライバーをクルクルと回す。キリキリ、キリキリとPCが声を上げる。

やがてネジを外し終えると、七色は外したネジを傍らに置いたハンカチの上に丁寧に乗せた。

それからパネルに手をかけると、ゆっくりと横に動かす。

ツー……とパネルがスライドし、中身が徐々に露になる。内部の電源やファンのパーツに、日の光が当たっていく。

完全に外れきる寸前、まるで抵抗のようにパネルが固くなり、動かしにくくなった。しかしそれを七色は力を込めて外しきる。普通に過ごしていれば滅多に拝むことのできない、PCの内部が露になる。


「やっぱり……何度見ても綺麗だなぁ……!」


七色は頬に手を当て、『愉悦』というような表情を浮かべた。今にも高級酒をグイっと飲み干しそうな顔である。

ゆっくり、ゆっくりと手を伸ばしてパソコンの内部へとアクセスし、剥き出しになった電源部分に触れる。


「ああホント……これをやるから毎日頑張れる……」


電源部分の埃に向けてフウッ、と息を吹き掛ける。それからウェットティッシュで汚れを拭き取り、次にCPUのファンを取り外す。取り外した部品一つ一つを両手で取って頬ずりする。

頬ずりすると、またそれを元に戻す。七色が子供の頃から、ずっと繰り返されてきた動きだ。なのに不思議と飽きない。

それどころか、繰り返すごとに七色の背徳感にも似た快感は高まっていく。麻薬に溺れていくように。そして、やがてそれは制御できなくなり、危険な領域へと侵入していく。


「は、はは……」


気づけば三十分も時間が過ぎていた。そして、七色にも変化が起きる。

何かのスイッチが入ってしまったように、色のついた息をはきながら七色はパネルを元に戻し、軍手とドライバーを置いた。そのまま惚けた表情のまま、目の前の古いPCと相対する。


そして……七色はスカートのファスナーをゆっくり、少しだけ下ろした。腰を締め付けていた布の感触が弱くなる。

それから夢遊病患者のようなフラフラとした様子で、彼女は辺りを見回す。これからする行為のための警戒のようだが、彼女の虚ろな目では、その警戒は意味がないように思えた。

機械的に辺りの警戒を終えた彼女は、スカートのファスナーを最後まで下ろしきる。そうして支えを失った円い布が、重力に従って静かに地に落ちた。


「はぁ……はぁ……」


七色の手がゆっくりと、先ほどまでスカートの布が覆っていた部分へと動く。スカートの下にあった布を軽く押すと、ぴちゃ、と何かの水音のような音がした。さらに二、三回押してから離すと、布の隙間から細い糸が垂れる。


「んっ……はっ……あぁっ……はははっ……」


恍惚。愉悦。快感。

どれにも当てはまり、どれにも当てはまらないような表情を浮かべながら、彼女は顔を溶かしていく。

学校で()()()()()()をしているという背徳感。そしてPC相手に()()()()()()()()本来の快感。それらが混ざり合い、結果それが彼女が身に付けている布を濡らしていく。

ここまで来てしまえば戻れなくなる。本能的に彼女はそう直感した。

だが、構わない。家では味わえない、学校だから、ここまでの快感を味わうことが出来る。だったら、迷う必要など無い。

しばらく熱に浮かされたような顔をしていた七色だったが、やがて彼女は最後の布切れに手をかけ、そのまま━━━




「おい!コンピューター室にいるのは誰だ!?」


「はひっ!??」




コンピューター室の扉が開いた。




「放課後のコンピューター室はよっぽとのことがない限り立ち入り禁止だ!誰がいる!?」


「はいっ!え、えっと、私ですっ!はいっ!」


手をすぐさま引き抜き、床に広がっていたスカートを拾い上げ、なんとか取り繕う七色。幸いにもこの位置は入り口から距離があり、向こうはまだコチラを正確に捉えてはいないようだ。


「うん?その声は……七色か?」


「えっ嘘、ナナっち?なにしてんの?」


突然の来訪者は一人ではなかった。見覚えのある顔がもうひとつある。


窓野(まどの)マク先生……宇井(うい)ちゃん……」


先ほど叫んだのはテニス部の顧問である窓野。そして『ナナっち』と七色を呼んだのが彼女の友人のテニス部員である宇井だ。窓野は放課後の見回り、そして宇井はそれに付き合っている形だろう。


「前々から放課後のコンピューター室に明かりがついていることがあったが……まさかそれが七色とはな。何をしている?」


「え、えっと……このPCの、修理を……」


机の上にあるドライバーと軍手を指差す。二人の目がソッチへ行った隙に、後ろ手でスカートのファスナーを閉め直す。少しスカートにシミが出来たような気がするが気にしている暇はない。


「修理……?」


「あっ、それ私が五時間目に使ってたヤツじゃーん!頻繁に止まってたりして大変だったんだけど、修理してくれてたんだ!さっすがナナっち、友達想いー!」


「そうなのか……?」


『修理していた』以外何も言ってないし、生徒がPCを無断で修理するなどより問題な気もするが、宇井が必要以上にまくし立てたお陰で窓野も誤魔化されてしまったようだった。


「修理してくれたのはありがたいが、そういうのは元来教師の仕事だ。不備があったのならまず報告してくれ。優等生ならな」


「は、はい……わかりました……」


この時ばかりは宇井に感謝しつつ七色は頭を下げる。思わず拳をギュっと握りしめていた。


「それじゃあ、用がないなら早く帰れ」


「ナナっちー!一緒に帰ろー!」


「わ、わかった……」


拳をゆっくりと開くと、にちゃあ、と僅かに糸が引いていたので、急いで裾で拭ってドライバーと軍手をポケットにしまう。

PCから離れようとした時、火照った胸の辺りがキュン、と音を立てた。七色にはそれがPCの呼び掛けのようにも思えたが、無理してコンピューター室の出入り口へと歩いていく。


「んじゃ、閉めるぞー」


窓野の声と共にゆっくりと閉まっていくコンピューター室。徐々に見えなくなっていく古いPCを見ながら、七色は乱れた息を整えながら言った。



「また、会いに来るからね」



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