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プロローグ

俺の妹は世界一可愛い。


たとえば、肩にかかる柔らかな髪。

風に吹かれて膨らみ、光をうけて輝く。

たとえば、くるりとした瞳。

微笑むたびに細められ、ときとして憂いを浮かべる。

たとえば、小鳥のようなその声。

どんな言葉でも彼女が発せば正しくなる。


たとえば…………………………。


このまま続けると止まらなくなるので省略しよう。


とにかく、俺にとって妹の千代は命と同等に扱える唯一の存在なのである。





俺は常に妹に相応しい兄貴であることを心掛けてきた。

勉強はもちろんスポーツ、容姿、人当たり、思い当たる限りのすべての分野で高みを目指した。

男女問わず皆に尊敬され、格好良くて優しくて、いつでも千代のことを考えてくれるお兄ちゃん。

そんな存在になりたかった。

千代のためになると考えれば、どんな辛いことも乗り越えられる。

妹の誇りとなること、そして妹を幸せにすることが、今の俺にとって最優先の使命であり願いだ。



だからーーーーーーーーーーーー、




たとえ千代の一番が俺じゃなくても良い、と思っていた。








「リクト、めっちゃ好き…、ヤバぃ…… 」



千代は目を潤ませ、吐息とともに言葉をつむぐ。

俺が世界一憎んでいる名前を。



「千代。もうすぐ夕飯できるから、そろそろ切り上げて」



嫉妬を悟られないよう平坦な声を装い、キッチンからソファに寝そべった千代へ呼びかける。

今日の夕飯は千代の好物のオムライスだ。バターが絡まったチキンライスの香ばしい匂いが漂い始めている。



「はーい。今セーブしまーす」



少し不服そうに頬を膨らませながら、携帯ゲーム機を操作する千代。

愛らしくて自然と口が緩んでしまう。

やっぱり俺の妹はいつでも可愛い。

ただ、部屋着の短パンがめくれて白い太ももがが晒されているのが気がかりだ。

もし見たのが俺でなかったら、鼻血を垂らして悶絶しているだろう。


俺はコンロの火を消して千代のもとへ行き、裾を引っ張ってその太ももを隠した。

千代はそれに対して何も言わず、手元の液晶画面を見つめたままだ。

俺は千代が操作する画面を盗み見た。




そこには一人の男が映っている。

男にしては長い黒髪をうなじの辺りで束ね、白を基調とした装飾過多の制服を着ていた。

赤い瞳と口角は挑発的に釣り上がり、いかにも軽薄そうな容姿をしている。


背景は教会だろうか。

ステンドグラスの前の祭壇に十字架が飾られ、木製の椅子が並べられている。

全体的に画面が薄暗いので、時刻が夜なのだろうと推測できた。


下には男の言っているセリフが次々に表示されていく。



『お前、俺のことつけてきてたのか』


『こんな時間にわざわざ人気のない場所まで来るなんて、何考えてんだ? 』


『どんなことされても文句いえねえよ? 』



セリフが変わるたびに男の表情は移り変わる。



これは女主人公が男性との恋愛を楽しむシミュレーションゲーム、即ち乙女ゲームだ。

俺の妹は、このゲームにでてくるリクトという男が好きらしい。

 


一瞬画面が暗転し、スチルと呼ばれる一枚絵が表示される。

リクトが主人公の頬に手を添えている絵だ。

構図を駆使して、主人公の顔が巧妙に隠れされている。

それをじっ、と見つめていると、近くから視線を感じた。

千代が画面から顔を上げ、俺を見ていたのだ。



「お兄ちゃん、興味あるの? 」



少し期待のこもった上目遣いで見上げてくる。

反射的に肯定しそうになるが、理想の兄ならどう言うべきかを考えて留まった。



「千代の興味のあるものなら、俺も知りたいな」



俺の言葉を聞いて、千代の瞳が輝き出す。

自分の好きなものについて話せるのが嬉しいのだろう。

千代は勢いよくソファから起き上がり、自室へ小走りで向かった。

ゲームのパッケージを取ってくるのかもしれない。



実をいうと俺は、千代のもつゲーム『クピードーの囁き』を持っており、既に攻略済みだ。

もちろん、俺がそういう系統のゲームを好んでいるからではない。

兄として妹が好きだという男を確認してみなければ、という使命感からプレイしてみたのだ。



「お兄ちゃん! これ見て! 」



興奮気味に戻ってきた千代の手には少し大きめの本が握られている。

中を開くと、登場人物の設定が細かく載っているようだ。



「まず、このゲームが恋愛シミュレーションゲームだってことはわかるよね? 攻略対象は四人。

気弱な後輩、小町 真尋。

不良の同級生、宮凪 恭之助。

そして私の最推しの華龍院 リクト。

彼は女たらしな先輩キャラなの。

ちなみに主人公は私と同じ、高校二年生の女の子。彼女が私立由良峰高校で出会った彼らと恋愛していくっていうゲームなんだ! 」



自信満々に説明していく千代を微笑ましく思いながら、手元の設定集に目を落とす。

身長や体重、生年月日だけでなく好きな場所、苦手な人物まで事細かく書いてある。

俺は千代が好きだという華龍院 リクトの設定を注意深く読んだ。

プレイしただけではわからないものも多くあり、より深く攻略対象の情報を得られるようだ。

隅から隅まで読み込んだが、俺がプレイ後に得た感想と意見は変わらなかった。



華龍院 リクトは主人公を、ひいては千代を幸せにすることはできない。



他の対象キャラは攻略していないので詳しくは知らないが、ろくな奴でないことだけは確かだろう。

しかし、一つ気になることがある。



「もう一人の攻略対象は誰なんだ? 」



俺がそう言うと、千代は少し気まずそうな顔をした。

一体どうしたのだろう。



「えっと、もう一人は隠しキャラなんだけど… 」



俺は設定集を一ページめくって、他の登場人物の欄を見た。

その一番先頭にはーーー。



「主人公の兄か」



主人公の四つ年上の、大学生の兄。

ちょうど俺と千代の年齢にぴったりだった。

いつも主人公のことを優しく見守ってくれるお兄ちゃん。

千代が俺とこのキャラを重ねて攻略していたなら。

それで気まずく思っているのだとしたら。

俺は少し嬉しいな、と思った。



「そ、そうなの! 主人公の兄の一条 秋臣。二周目からしか攻略できないから忘れてた…、あはは」



千代は誤魔化すようにそう呟くと、キッチンの方に行って皿を出し始める。

そういえば、夕飯の支度の途中だったのだ。

俺は手に持っていた設定集をソファに置き、可愛い妹のもとに急いで向かった。




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