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【完結】マジック・ラプソディー  作者: 橙猫
第17章 終焉告げる無限光〈上〉
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第265話 時間は進む

 スイートワンダーランド。

 リリアーヌが作り出した異位相空間は、彼女を主君として担ぎ上げるために作り上げた国。

 甘いお菓子で作り上げられた建築物は全て食べられ、魔力を分け与えて動くようになった疑似魔物ホエミスが、楽器を持って音楽を奏でながら歩き回る。


 ここは、リリアーヌが抱いた夢。

 時の権力者によって連れて行かれ、数々の人体実験を施され続けた日々の中で抱いた幻想。

 この世界だけあれば十分だと思っていたが、それでも自分が生まれ落ちた国が欲する気持ちは日に日に強くなった。


 世界中の国よりも美しい美の都。

 服も菓子も音楽も一級品揃いで、何も知らない無垢な少女であったリリアーヌすら、あの都へ行くことに憧れていた。

 辛い過去もたくさんあるが、それ以上にあの国の美しさを考えればそれすら些事になる。


 強欲の化身であるリリアーヌは、フランス略奪に向けての準備を水面下で行っていた。

 これまで各地で強奪してきた宝石などを裏ルートで全て金に換え、必要な道具を買う。

 大統領の情報、反政府勢力との取引など表では決して手に入らない道具を揃え始めた途端、『ノヴァエ・テッラエ』のテロが発生した。


 あのテロは見境なく魔導犯罪組織に声をかけたせいで、武器を持ったバカ達が好き勝手に羽目を外している。

 IMFも対応に追われているが、これは誰でも分かる消耗戦だ。

 カロンはIMFがまともに機能しなくなったところを狙っている、だからこそ未だに動かないのだ。


(まあ、理由は他にもあるでしょうけどね……)


 様々な形をしているチョコレートをつまみながら、リリアーヌは陽達の会話を思い出す。

 カロンの正体、『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』と『神話創造装置(ミュトロギア)』、そして四大魔導士の生まれ変わり。

 最初はただの嘘だと思ったが、話を聞くにつれてそれが信憑性のあるものだと理解した。


 そもそも、向こうには【魔導士黎明期】からの生き証人がいるのだから、疑う要素はゼロ。

 むしろ、その話を聞いて色々と納得がいった。

 日向が何故無魔法を使えた理由も、まだ敵だった頃のジークが日向を守った理由も、全て前世から繋がっていると分かってしまえば全て解決してしまう問題だ。


「『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』、この地球そのものが巨大な魔導具だったなんて……ほんと、長生きってするものね」


 忘れている者もいるだろうから念のため言っておくが、現時点でのリリアーヌの年齢は八〇歳である。



 リリアーヌ・シャーロットの娘、マドレーヌは鏡の世界を歩いていた。

 七つ子の長女であるリリアーヌは、鏡と鏡を行き来する物理法則干渉魔法の使い手。異位相空間だろうが、現実世界だろうが、鏡がある場所を自由に歩き回れるというメリットがある。

 しかし、鏡が壊されてしまえばその場所へ行き来できなくなるし、もしくは鏡自体に侵入防止の魔法がかけられたら弾かれてしまうというデメリットもある。


 (リリアーヌ)の命令で、『ノヴァエ・テッラエ』の本拠地に繋がる鏡を探していたが、それらしき鏡はいくつか見つかった。

 しかし、相手はかなり警戒心が強いのか、鏡の至る所に侵入防止の魔法がかけられている。

 それと、何故か昨日まで割れてなかった鏡が一枚だけ割れていたが、そこは別に気にしなくていいだろう。


(あの子と共同作戦、か……)


 壊れた鏡の破片を弄びながら、マドレーヌは一ヶ月前のことを思い出す。

 リリアーヌから突然豊崎日向達と手を組むと聞いた時、最初母はとうとう狂ったのだと思った。

『ノヴァエ・テッラエ』が放った雑魚共のせいで、フランスが壊されていく光景をイライラしながら見ていたことは知っている。


 これまで一人で数々の犯罪を成し遂げた女性(ひと)なのだから、きっと『ノヴァエ・テッラエ』のことも自分達を巻き込んで解決するのだと思った。

 だけど、マドレーヌの予想を反して、リリアーヌはあろうことか彼女らと協力体制を敷いたのだ。

 これには自称参謀役のモーリスも説明を要求したし、他の妹弟も騒いでいた。唯一、無言を貫いていたのは最愛の兄フェリクスだけだ。


(詳しいことは説明してくれなかったけど、ママの命令は絶対。それを聞くことが、七つ子(私達)の生きる理由)


 自分達は、リリアーヌが欲した命令に忠実に従う(こども)

 母の命令に従わない子供は、いずれ壊れたおもちゃのように捨てられる。

 そう言いつけられて育ったマドレーヌにとって、どれほど納得できなくても母の命令に従わなければならない。


「はぁ……」


 いつ来るか分からない作戦を憂いたマドレーヌは、もう一度ため息を吐くのだった。



☆★☆★☆



 ジークは今、陽の家――つまり豊崎家に居候していた。

 普段は職員寮を使っていたが、学園が閉鎖されているせいで利用できない。都内のホテルを転々としようとした時に、陽から家に来るよう誘われたのだ。

 本来なら日向もこの家に帰る予定だったが、市街地で襲われる危険性を考慮して、結界が張ってある黒宮家に身を寄せることになった。


 初めて来た二人の生家は、長年留守にしていたせいで埃だらけで、初日に夕方まで掃除した記憶は新しい。

 ジークは二人の両親の仏壇にお線香をあげて、リビングに行くと陽が夕食の準備をしていた。

 今日の夕食は大きいミートボールが入ったスパゲッティとサラダ、それにコンソメスープだ。


「言えば手伝ったぞ」

「かまへん。二人分くらい、あっという間や」


 もはや慣れた動きで食卓につき、陽が作った手料理を食べる。

 ここ最近、IMFの緊急出動が多かったが久々に料理の味をゆっくり関しることができる。

 市販のミートソースを絡めたスパゲッティだが、ミートボールを入れたおかげで食べ応えがあって、サラダも手作りのドレッシングをかけて食べるとあっさりとした味わいが口の中に広がった。


「にしても、一向にカロンの動きは全然あらへんな。諦めたんか?」

「あいつがそんな簡単な男なら苦労しない。大方、『神話創造装置(ミュトロギア)』で手こずっているんだろう。あれの魔力消費量は半端じゃない」


 いくら『神話創造装置(ミュトロギア)』が『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』の劣化版とはいえ、使うために必要な魔力消費量は普通の魔導具の数万倍。

 日向のように『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』とリンクしている者ならば難なく使いこなせるだろうが、カロンでも使いこなせるまで時間がかかる。


「ちなみに聞くけど、『神話創造装置(ミュトロギア)』を使(つこ)う魔力消費量はなんぼなん?」

「そうだな……日向の魔力値の数倍、とだけ言っておこう。明確な数値は知らん」

「はぁ? なんでそんな消費するん? 『神話創造装置(ミュトロギア)』はただの劣化版やろ」

「劣化版だからこそ、この消費量なんだ」


 そう言うやジークは、皿の上に残してあったミートボールをフォークの先で転がした。


「このミートボールが『神話創造装置(ミュトロギア)』、ミートソースを魔力だと仮定しよう。ミートボールがソースの味を染み込ませるには、どうしたらいい?」

「そんなん、時間をかけて馴染ませるしかないやろ」

「そうだ。これをさっきの仮定で言うと、『神話創造装置(ミュトロギア)』は魔力を長時間馴染ませなければ発動しない。普通に使うならばカロンの魔力でも事足りるだろうが、『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』に干渉するにはそれより倍に魔力が必要だ。

 日向ならばたった数時間で可能かもしれないが、さすがのカロンにはそこまでの荒業はできない。ならば、別ルートから魔力を供給すればいい」

「別ルート……自然エネルギーによる魔力か?」

「恐らくな。だが、どのみち魔力が集まるまで時間がかかる。だからこそ、カロンは未だに動けないんだ」


 地球を魔導具として作った以上、『蒼球記憶装置(アカシックレコード)』は自然エネルギーから精製した魔力で動いていた可能性が高い。

 日向がリンクしたことによって彼女の魔力で作動することはあるが、その機能はほんの一部。

 今回のように『神話創造装置(ミュトロギア)』を使うというのなら、魔力供給が終了するのはタイムリミットである一〇月三一日を過ぎた頃になるはずだ。


(……だが、あいつのことだ。もっと効率よく魔力を供給する方法を見つけているはず。場合によっては、一〇月中に魔力供給が終了するかもしれない)


 可能性がある以上、この推測を無視することはできない。

 魔力供給ポイントとなる場所を洗い出すことを考えながら、ジークはミートボールにフォークを突き刺した。



 都内の裏路地は、相変わらず陰鬱としている。

 アンダーグラウンドで暮らす者達が跋扈し、違法バーでは裏ルートで入手した高価な酒を提供する。

 誰もが今日の悪事を達成させ、ジョッキ片手に下品な笑い声を上げる中、今も働く魔導犯罪者達がいた。


 彼らが歩くのは、迷路のように入り組んでいる下水道。

 各所から出てきた排水が流れ、嘔吐(えず)くほどの異臭が鼻を容赦なく攻撃する。何度も気分が悪くなりながらも、魔導犯罪者達は害虫やドブネズミがチョロチョロと走る歩行通路を歩く。


 彼らは、運び屋を生業としている。

 運ぶ品はトランク一杯に詰め込まれた札束からキロ単位の麻薬や密輸した武器型魔導具など多岐に渡る。

 こういった仕事は裏社会では意外と重宝されており、口外しなければいい取引先と出会うことができるのだ。


 今回、彼らが取引した相手は冴えない青年だった。

 一言で言って凡庸で、むしろモブキャラのような見た目と存在感しかない。だけど金払いはよくて、期限内にブツを指定した場所に運ぶだけでしばらく遊んで暮らせる金が手に入る。

 しかも初級魔法しか使えない自分達のために、異空間収納の魔法を付与させた魔導具を無料(タダ)でくれるという太っ腹ぶりだ。


「おい、これをここに置けばいいのか?」

「ああ。その地点から半径一メートルまでなら、多少ずれても許容範囲だ」


 異空間から手渡されたブツを指定場所に置く。

 取引先の青年から渡されたのは、六角柱の水晶。子供の背丈くらいありそうなそれを置くのは、意外と重労働だがやるからにはきっちりやるのが彼らのポリシーだ。


「しっかし、なんでこんなモノを置くんだ? 風水とかか?」

「さぁな。金を貰ってるんだから変に詮索するなよ」

「確かに。それで痛い目見るのはゴメンだ」


 運び屋で彼らが運んできた品々は、一体どんなルートで手に入れたのか分からないほどのものがあった。

 変に詮索すれば取引相手から信用を失い、その情報が音速に広がって裏社会で行き辛くなる。

 この世界は表と同じで信用第一。余計なことをして働き口を失うのはしたくない。


「うし、こんなもんか」

「ああ。後は設置したことを報告すれば。俺達の口座に金が支払われるはずだ」

「この仕事選んで正解だったな。運んだだけで金が手に入るもんな!」


 スマホで取引相手に報告メールを送りながら、三人はゲラゲラ笑いながらその場を後にする。

 その時、彼らはこれから口座に振り込まれる金額と、仕事までの時間をどのように楽しんで過ごすことしか頭になかった。


 だからこそ、誰も気付かなかった。

 設置した水晶が、淡い金色を放ち始めたことに。

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