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【完結】マジック・ラプソディー  作者: 橙猫
第10章 始まりの国
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第148話 不吉の予兆

「えっと、自己紹介がまだだったよね? わたしはアイリス・ミールっていうの」

「……初めまして、豊崎日向です」


 目の前でにこにこと笑うアイリスは人当たりのよさそうな可憐な少女だが、先の決闘で見た視線を思い出すとつい身構える。

 ついでに彼女に仕えているメイドの顔も強面なせいもあり、その緊張感も上がってしまう。彼女が淹れた紅茶を飲みながら、なんとか気を落ち着かせる。


「それで……あたしに何かご用で?」

「うん、実はあなたに折り入って頼みたいことがあるの」

「頼み?」


 日向の問いにこくりと頷くと、アイリスは頬を染めながら言った。


「あのね、わたしはユウゴのことが好きになっちゃったの」


 まるで秘密を打ち明けるが如く言われたその言葉に、日向の片目がぴくりと動く。だけど内心ではやはりという感情が強かった。

 こういった展開は学園でも何度もあった。食堂や女子トイレ、人気のない廊下で「黒宮くんのことを好きになったから協力してくれ」と頼まれるが、日向の答えはいつだって「嫌だ」の一択だ。


 その答えに顔色を変え、泣き落としや罵声を浴びせられたりもあったが、それでも日向の答えが変わらないと知ると悔しげな表情を浮かべたり、口汚く罵りながら立ち去った。

 だが、相手はこの国では救世主と注目を浴びている人物だ。多少面倒だと思っても、慎重に答えなければならない。


「そうなんですか。アイリス様は悠護のどこが気に入ったのですか?」

「そうだね……あの夜空みたいな黒髪もルビーのような真紅色の瞳も好きなんだけど、クールな性格で強いし……なにより一目見た時にピンと来たの、彼がわたしの王子様なんだって」

「……そうですか」


 恋する乙女のオーラ全開で語る彼女の顔を見ながら、内心でため息を吐く。

 彼女も結局、今までの女子と同じように彼の外見や性格の一部しか見ていない。だけどこういった相手ほど後々面倒なことを起こす。

 仕方なく愛想笑いを浮かべながら言った。


「ですが、あたしに頼んでも恐らく応じないかと。それに彼は日本の魔導士家系の中では名家に入るご子息です。IMFもさすがにあなたとの交際は難しいと仰る可能性があるかと……」

「うーん、でも昨夜ユウゴが言ってたんだよ? あなたのことが好きだって」

「え――」

「もしかして……知らなかったの?」


 ことんと首を傾げるアイリスの口から零れた言葉に、日向の思考が停止した。

 悠護が自分を好き? 聞き間違いなのだろうか。いや、もしかしたら彼女が自分を動揺させるためにかまをかけているかもしれない。

 ゆっくりと深呼吸して、もう一度アイリスを見つめる。


「……ええ、初めて聞いて驚きました」

「そ、そうだったの? ごめんね、こんなネタバレみたいなことして」

「大丈夫です。……それに、仮に悠護があたしのことが好きだとして。あなたはどうするつもりですか?」

「どうって?」

「彼はあたしのことが好き、それを知って諦めるのかと仰っているんです」


 日向の言いたいことを察したのだろう。アイリスは首を横に振った。


「ううん、諦めるつもりはないよ」

「では、どうするおつもりで」

「もちろん決まってるよ。ヒナタ、ユウゴをわたしにちょうだい」

「は――?」


 瞬間、日向の中の時間が止まった気がした。

 悠護が自分を好きだと知った事実よりも強い衝撃が襲い、本気でなんの冗談かと思った。だけど、栗色の瞳が一切揺らいでないのを見て思い知らされた。


 この少女は、本気で自分から悠護を取り上げようとしているのだ。

 それこそ、お気に入りのおもちゃをねだる子供みたいな口調で。


「…………それは、一体……どういうことでしょうか?」

「さっきも言ったけど、ユウゴはわたしの王子様なの。でも……彼はあなたのことが好きでわたしのところには来てくれない。なら、あなたが彼をフってくれれば万事解決だと思うの」


 無邪気かつ純粋な笑顔で、人の恋心を踏み躙るアイリスの言動に日向の口角が微かに吊り上がる。

 人は怒りのボルテージが上がると、憤怒の顔をではなく笑みを浮かべると聞いていたが、まさしくそれだ。

 自分は今、この女に怒りを抱いている。恐らく今まで出会った悠護狙いの少女の中で、誰よりも。


「ははっ……何を言い出すかと思えば。戯言にしてはお遊びが過ぎますよ」

「え……?」

「口を慎みなさい。あなた、この方がどなたかご存知でしょう」

「ええ、知ってますよ。イギリスの誰もが恋焦がれた救世主、【起源の魔導士】の生まれ変わり……ですが、今はそんなのどうでもいいのです」


 じろり、と怒りの炎を燃やす瞳でアイリスを睨む。

 睨まれた本人はびくりと肩を震わせ、メイドは強面の顔をさらに怖くしながら睨みつける。

 だけど、今の日向はその反応すらどうでもよかった。気にする余裕もないくらい、今の自分はそれほどまでに怒っているのだ。


 ――目の前にいる、この救世主様に。


「少なくとも、大切な人を物扱いする女に敬意もへったくれもないわ」

「っ!?」

「悠護はあなたの王子様だからちょうだい? はっ、何バカなことを言ってるの。人が下手に出ればいい気になって、何もかもが自分の思い通りになると思うな。悠護は誰のものでもない、一人の人間だ。悲しい時には泣き、楽しい時には笑う、そこらへんにいる男よ。

 ――この際だから、はっきり言ってあげる。あたしも悠護のことが好き……いいえ、世界で一番愛してるの。まさかここで彼の気持ちを聞かされたのは想定外だけど、あたし達が両想いならそこにあなたが立ち入れる隙なんてない。それこそ、【起源の魔導士】ですらね!」


 はっきりと毅然に告げると、アイリスは悔しそうに唇を噛んで聞くだけだ。

 メイドの方も日向の言い分には間違いがないと思っているか、静かに黙り込む。


「それに、あなたにはあなたのことを大切にしてくれる人がいるはず。何故その人には目を向けないで、悠護の方に目移りするの? あなた、本当にその人のことを見ているの?」

「そ、それは……」

「とにかく、あなたの頼みはお断りします。どうぞお帰りください」


 つかつかと扉の方へ歩いてそのまま開けると、廊下に手を向けて外に出るよう促す。

 一向に動かない彼女に苛立ちを感じ、もう一度睨む。


「聞こえなかったの? 出て行け、って言ったの」

「っ……」


 ドスの利いた声に大きく肩を震わせたアイリスは、顔色を青くしながら早歩きで部屋を出て行く。途中で後をついていたメイドが血走った目で睨むも、それさえ無視して扉を閉めた。

 そのまま鍵をかけると扉に背を凭れかけると、ずるずると座り込む。真っ赤な顔を両手で隠しながら、小さく呟く。


「悠護が……あたしのことが好き……?」


 信じられなかった。彼にとって自分はパートナーで、将来のことなんてまだ考えていないと思っていた。だけど、悠護がその場しのぎで嘘を吐く性分でないことくらい理解している。

 だから、アイリスに言ったことは真実だ。


「ああもう……アイリス様のせいだよ、明日どんな顔をすればいいのよ……」


 とんでもないことを暴露したアイリスに当たりながら、日向は大きくため息を吐いた。



(悔しい、悔しい、悔しい!!)


 普段とは違う荒っぽい足取りで自室に戻るアイリスの姿を、通りすがりのメイドや侍従がぎょっとしながらも頭を下げる姿を無視しながら廊下を歩く。

 この国では、誰もがアイリスを敬った。王宮に仕えるメイドや侍従は深々と頭を下げ、魔導士達の訓練に顔を出すと誰もが頬を染めて顔を出したことへのお礼を口にする。少しいたずらをしても笑って許されたし、欲しいものを頼むと喜んで差し出した。


 誰もが、アイリスの望みを叶えた。自分には叶わない望みなんてないといわんばかりに。

 だけど、彼女は違った。自分とは違う琥珀色の髪と瞳を持つ少女は、真っ直ぐな眼差しでアイリスからの望みを断った。それだけなく、自分の行いに対して怒りをも見せた。

 あの時、怒りの炎を宿すあの瞳がどんなものよりも恐ろしいものだった。あの目で睨められたが最後、自分の中の〝何か〟が失うと思った。


(怖くて逃げたけど、やっぱりやられっぱなしは嫌……!)


 あの瞳に恐れると同時に、アイリスの中にある女としてのプライドに火をつけた。

 部屋に戻り、スマホを手にすると日付を確認する。カレンダーを見ると一週間後、『継承の儀』と表示されていた。

『継承の儀』は、【起源の魔導士】の生まれ変わりである自分の中にある前世の記憶と力を【起源の魔導士】が遺した聖遺物に触れることで甦られ、それら全てを受け継ぐための儀式だ。この儀式を終えて、アイリスは【起源の魔導士】の生まれ変わりとして正式に認められる。


(この儀式の後、ユウゴをわたしの伴侶として指名する。そうすればIMFだって誰も文句は言わない)


 仮にも【起源の魔導士】の生まれ変わりと予言されただけであそこまでの我儘を許されたのだ。この『継承の儀』に乗じて伴侶宣言をすれば、さすがの日向も何もできまい。


「ユウゴがわたしの王子様なの。それだけは絶対に覆らない」


 くすりと笑いながら、自分の隣に立つ王子様を奪われた少女の顔を妄想する。


『それに、あなたにはあなたのことを大切にしてくれる人がいるはず。何故その人には目を向けないで、悠護の方に目移りするの? あなた、本当にその人のことを見ているの?』


 だけど、頭の中に浮かんだのは真摯な眼差しを向けながら告げる日向の姿だけだった。



☆★☆★☆



「はぁああ。黒宮め、メンドなことしやがって……」

「この件に関しては黒宮くんの仕業ではないのでそんなことを言わないでください」


 国際魔導士連盟日本支部、魔導犯罪第一課オフィス。

 第一課の課長である紺野真幸は、自身のデスクで突っ伏して文句を言うエースである橙田灯を宥めていた。

 黒宮悠護を含む七人のイギリスへの入国は、IMFにおいては一日の業務を費やすほどの量なのだ。魔導士は国の宝だ、貴重な人材を他国に派遣するには面倒な手続きを踏まなければならない。いくら王命でもそれ相応の手順をしなければならなかった。


「そういえば……あの烏羽のところは大丈夫なんですか?」

「彼が倫理委員会委員長になってからは、業務内容は大幅に改善されました。人材としては問題ないでしょう」


 烏羽志紀、今年の一月に倫理委員会の委員長に就任した黒宮家の分家当主。

 彼の仕事ぶりは前任の墨守米蔵よりも真面目だ。人間の三大欲求の権化とも呼ばれた墨守に反して、烏羽の仕事は人道的そのものだ。

 倫理員会では目立った被害者への体罰・精神的追求を一切取りやめ、高圧的な態度ではなく見事な話術で相手の心の内を明かした。


 汚れ役の仕事をしているにも関わらず、美麗な容姿と物腰柔らかな態度にやられた女性職員は多く、噂では彼のファンクラブまでできているという噂まである。

 色んな意味で注目を浴びている彼を、同じ分家の出である自分達が気にするのはおかしくなかった。


「まあ仕事ができるのはいいんですけど……ちょっとおかしなことがあって」

「おかしなこと、ですか?」

「俺、前に仕事の件で烏羽の家に電話したんですよ。でも、何度出ても留守電だったんですよ」

「留守電? 電話をかけた時間は?」

「定時過ぎでしたけど、距離を考えても帰宅してもおかしくない時間でした」


 今の烏羽の家は東京都内にある。移住する以前は石川県に居を置いているが、前当主夫妻と数名の使用人は今もそこで暮らしている。

 一人暮らしならば留守電になるのは不思議ではないが、だからといって何度もかけても出ないのはおかしい。


「それで、結局翌日に内容を放したんです。で、その時になんで電話に出なかったのと訊いたら、『知人との飲み会でいなかった』って言ったんです。最初はそれならしょうがないと思ったんですけど、同じことが数回ほどあって……」

「それは……確かに変ですね」


 いくら知人と飲み会を行っているからといって、そう日も開かない内に何度も飲み会をするものだろうか?

 それに、彼の今の年齢を考えると同年代と飲み会に行くには時期を考えてもそう多くないはずだ。


「で、気になって石川県にある烏羽家にも電話したんすよ。でも……誰も電話にでなくて……気になってあいつに訊いても『さっぱり』だって……」

「なんですって?」


 これにはさすがの紺野も顔色を変えた。

 いくら当主の座から身を引いたからといって、電話にでないのは明らかにおかしい。七色家の一つ『紫原家』の前当主・紫原八雲だって有事の際には電話に出る。


「……灯くん、至急烏羽さんを呼んでもらいませんか? 少し話したいことがあるので」

「わかりました」


 紺野の指示に橙田が駆け足でオフィスに出る。彼が連れてくるのを待つ間、形容しがたい不安が紺野を襲い、ひどく心が落ち着かない。

 一度心を落ち着けるためにお茶を入れようと給湯室に向かおうとした瞬間、顔に汗を浮かべた橙田が戻ってきた。


「紺野さん、烏羽はここ数日出省してないことがわかりました」

「なんですって? 彼は今どこに?」

「それが……委員の話を聞くと、有給をとってイギリスに行ったらしくて」

「イギリス?」


 今、イギリスには日向達が行っている。そのタイミングで烏羽がイギリスに向かうのは明らかにあやしい。

 すぐに気持ちを入れ替えると、オフィスに残っている職員に向けて告げる。


「皆さん、これから数名ほど石川県にある烏羽邸に緊急訪問の準備をしてください。私と灯くんはこのことを黒宮支部長に伝えてきます」

「は、はい!」


 近くの職員が返事をすると、紺野は背広を翻しながらオフィスを後にする。その彼の後ろを橙田が慌てて追いかけた。


「紺野さん、いきなりどうしたんですか」

「すみません……僕の思い越しならいいんですけど、少々嫌な気配がしたので……」


 長年、この仕事に就くと第六感というべき勘が働きやすくなる。

 紺野の場合、嫌な予感や不安要素を抱く時は首筋がぞくぞくと震える。その震えが現在進行形で発している今、この件は放っておくべきではない案件だと伝えた。

 この勘が外れて欲しいと願いながら、エレベーターに乗り込んだ。

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[一言] 只でさえ面倒なのに面倒事が首突っ込んで来るとかWWW
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