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【完結】マジック・ラプソディー  作者: 橙猫
第6章 学園祭と誕生日
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Epilogue 満月は悪い狐を呼ぶ

 重たい物が倒れ、何かが壊れる音がドアや壁越しから何度も聞こえてくる。

 音の原因は、南麻布にある桃瀬家。その中でも日当たりのいい部屋の中にいる希美は、学園から自宅に戻ってからずっと部屋にある物に怒りをぶつけていた。


 タンスは倒れ、香水の瓶は割れ、化粧台の鏡は大きくヒビが入っている。カーテンは無残に引き裂かれ、ベッドの高級な布団からは白い綿が出ている。

 一〇年近く前から、希美は気分が悪いことがあれば使用人に当たり、物を投げつける悪癖を繰り返している。

 だが今日はひどく、止めに入った父や母の声でも手を止めるどころか激しさを増した。

 もはや誰にも止められない娘を放置するしかなく、結果夜まで音が止むことはなかった。


 怒りをぶつける物がなくなり、無残な有様になった部屋の中で希美は座り込みながら息を切らす。

 青みのかかった黒髪を激しく乱し、桃色の瞳は獰猛な獣ように爛々と輝く。本能のまま怒りをぶつけても、一向に収まる気がない憎悪に唇を強く噛む。


「あの女……許さない……私のゆうちゃんを奪ったこと、絶対に許さない……ッ!!」


 希美の憎悪は、愛しい人の隣を奪った豊崎日向ゴミにずっと向いていた。

 第一婚約者候補の座を奪い、悠護の隣を奪い、彼の初恋すら奪った彼女が許せない。

 どれだけ望んでも手に入れなかったものを手にしたあの女が、心の底から憎くて仕方がない。


 一刻も早く、この手で殺さなくては気がすまなかった。

 だが、日向にはあの無魔法がある。いくら七色家分家として高い教養を受けてきたとしても、あの魔法の前では抵抗ができない。

 そのことがさらに希美の中の憎悪を強くさせ、噛んでいた唇の皮膚を破いてしまった。

 じわりと口の中に広がる血を味わっていると、目の前のバルコニーに繋がるドアが開かれた。


「――あらあら、愛憎を抱く女ってこれほど滑稽で美しいものなのね」

「!」


 目の前でかけられた声に顔を上げると、そこには満月を背にした女が立っていた。

 毛先が黒く染まった長い金髪は、月光を浴びてキラキラと砂金のように輝く。豊満な胸元を見せつけるようにはだけさせた白い着物ドレスが良く似合い、その上に紅いローブを袖を通さずマントのように肩からかけている。

 蠱惑的な萌黄色の瞳で見つめられ、希美の心がひどく粟立つ。


「あなた……一体……」

「まあまあ、そう怖い顔しないで欲しいわ。私はあなたのような恋という炎に焦がれてもなお諦めきれない乙女の味方よ。私なら、あなたが必要なものを教えてあげられるわよ?」

「必要なもの……?」

「ええ、たとえば――厄介な魔法を持つ女を殺す方法とか」


 特定の人物を指した物言いをした女の言葉に、希美の肩がピクリと震える。

 まるで自分のことを知っているように話をしてきた女の顔を見て、希美はわずかな疑いを秘めた目で訊く。


「あなた、一体何者なの? それに何が目的で私に接触したのよ」

「言ったでしょ、私は恋する乙女の味方だと。それに目的なんて大したものではないわ。ただ純粋に、私もあなたが憎くて憎くて堪らない女のことが嫌いなだけ。その女を殺す気でいるあなたと接触する理由なんてないでしょう?」


 的おいた理由に、希美の中にあった警戒心は薄れていく。

 正直、この女が何者で、どういう存在なのかどうでもいい。ただ、あの女を殺せる方法を教えてくれると分かっていればそれだけで充分だ。


「……いいわ、もう何も訊かないわ。その代わり、私に教えなさい。あの女を――豊崎日向を殺す方法を」

「ええ、ええ、教えましょう。あなたにぴったりの力を、確実に相手を殺せるその技を」


 己の思惑通りに受け入れた少女を前に女――フォクスは萌黄色の瞳を細めた。

 自身の待ち受ける未来を知らない小娘に、最大級の憐憫を送りながら。

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