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人とは、何だろう。
その意志か、体か。すべてを含めたものを指すのだろうか。
例えば不具の体になって、義肢などを付けても、それは人として扱われる。では、健全な人が機械の体を纏った場合は、どうだろう。体がなくなって、その意志だけを機械に宿せたとしたら、それは何になるのだろう。
そんな事を考えたのは、もう随分昔だ。
あの時に出なかった回答は、十年以上経った今でも、出ていない。
***
「……痛い……」
ナツヤが去ってしまった部屋で、一人ぼんやりと呟けば、余計に痛みがました気がした。
床についた尻も、切ってしまった手のひらも。
ナツヤに理解されなかったという、その事実も。
手のひらを見れば、思ったよりも深く切ってしまったのか、どくどくと血が出てきていた。通りで、床が赤く濡れる訳だ。
ああ、止血をしないと。その前に、破片が入ってないか、見ないといけない。
そう思ったが、動くのが億劫で。
そのまま座っていたら、トオル、と聞き慣れた声と共に扉が開いた。
「ナツヤが帰っちゃったんだけど……って、どうしたの! 大丈夫!?」
戸口からひょこりと顔を出したミカが、驚いたように駆け寄ってきて、トオルの手を取った。怪我を見て顔をしかめ、救急箱を取ってくる。徐に手当を始める様子は生前のミカと全く変わらず……生前のと思ってしまった自分に、吐き気に似た嫌悪感を覚えた。
「……トオル?」
込み上げた吐き気に思わず口元を抑えたせいか、ミカが心配そうに、トオルの顔を覗き込む。優しく背を擦る彼女の腕から、微かな駆動音が聞こえる。
今まで気にならなかったのに。
ーー気にしなかったのに。
俯き、強く目を瞑る。そのまま耳も塞いでしまいたいような気持ちになりながら、吐き気が過ぎ去るのを待った。
「……この辺り、片付けるね」
そのまま背を擦り続けること、しばし。トオルが落ち着いたと見たのか、彼女がそっと、立ち上がった。
衣擦れの音と、駆動音。
目を開ければ、彼女が淡々と、カップの欠片を拾っているのが見えた。一つ一つ、丁寧に。その白い指で、直接。
大き目の破片に指を伸ばした時、ピッと彼女の皮膚が切れた。彼女が一瞬動きを止め、血の出ない指先を見つめる。
いつまで経っても滲まない赤色に、彼女は不思議そうに首を傾げた。
血は滲まない。滲むはずもなかった。
人の条件は、何だろう。
血が通っていることだろうか。人の形をしていることだろうか。意志があることだろうか。自ら、動くことだろうか。
同じ人だという条件は、何だろう。
あの人と同じ記憶をもち、瓜二つの見た目で。
彼女がするであろう言動をしたら、それは、同じ人なのだろうか。
トオルにとって、ミカは大切な人だった。
ミカがいなければ、生きて行かれないと思ったし、だからこそ彼女を作った。ミカと同じ記憶をもち、同じ見た目で。返す言動も、ミカと全く変わらない。
それなら、彼女はミカなのか。
それは、イエスかノーで答えられるものでは無い。イエスではなくても、ノーと答えられるほど、トオルは強くなかった。