表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
襟懐  作者: せい
7/11

-7-

 人とは、何だろう。


 その意志か、体か。すべてを含めたものを指すのだろうか。

 例えば不具の体になって、義肢などを付けても、それは人として扱われる。では、健全な人が機械の体を纏った場合は、どうだろう。体がなくなって、その意志だけを機械に宿せたとしたら、それは何になるのだろう。


 そんな事を考えたのは、もう随分昔だ。

 あの時に出なかった回答は、十年以上経った今でも、出ていない。


***


「……痛い……」


 ナツヤが去ってしまった部屋で、一人ぼんやりと呟けば、余計に痛みがました気がした。

 床についた尻も、切ってしまった手のひらも。

 ナツヤに理解されなかったという、その事実も。

 手のひらを見れば、思ったよりも深く切ってしまったのか、どくどくと血が出てきていた。通りで、床が赤く濡れる訳だ。

 ああ、止血をしないと。その前に、破片が入ってないか、見ないといけない。

 そう思ったが、動くのが億劫で。

 そのまま座っていたら、トオル、と聞き慣れた声と共に扉が開いた。


「ナツヤが帰っちゃったんだけど……って、どうしたの! 大丈夫!?」


 戸口からひょこりと顔を出したミカが、驚いたように駆け寄ってきて、トオルの手を取った。怪我を見て顔をしかめ、救急箱を取ってくる。徐に手当を始める様子は生前のミカと全く変わらず……生前のと思ってしまった自分に、吐き気に似た嫌悪感を覚えた。


「……トオル?」


 込み上げた吐き気に思わず口元を抑えたせいか、ミカが心配そうに、トオルの顔を覗き込む。優しく背を擦る彼女の腕から、微かな駆動音が聞こえる。

 今まで気にならなかったのに。

 ーー気にしなかったのに。

 俯き、強く目を瞑る。そのまま耳も塞いでしまいたいような気持ちになりながら、吐き気が過ぎ去るのを待った。


「……この辺り、片付けるね」


 そのまま背を擦り続けること、しばし。トオルが落ち着いたと見たのか、彼女がそっと、立ち上がった。

 衣擦れの音と、駆動音。

 目を開ければ、彼女が淡々と、カップの欠片を拾っているのが見えた。一つ一つ、丁寧に。その白い指で、直接。

 大き目の破片に指を伸ばした時、ピッと彼女の皮膚が切れた。彼女が一瞬動きを止め、血の出ない指先を見つめる。

 いつまで経っても滲まない赤色に、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 血は滲まない。滲むはずもなかった。


 人の条件は、何だろう。

 血が通っていることだろうか。人の形をしていることだろうか。意志があることだろうか。自ら、動くことだろうか。


 同じ人だという条件は、何だろう。

 あの人と同じ記憶をもち、瓜二つの見た目で。

 彼女がするであろう言動をしたら、それは、同じ人なのだろうか。


 トオルにとって、ミカは大切な人だった。

 ミカがいなければ、生きて行かれないと思ったし、だからこそ彼女を作った。ミカと同じ記憶をもち、同じ見た目で。返す言動も、ミカと全く変わらない。

 それなら、彼女はミカなのか。


 それは、イエスかノーで答えられるものでは無い。イエスではなくても、ノーと答えられるほど、トオルは強くなかった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ