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襟懐  作者: せい
6/11

-6-

 トオルの家に行くのは随分久しぶりだ、と人通りのない道を運転しながら、ナツヤは考えた。

 ミカが事故にあった直後は、何度も様子を見に来た。しかし、トオルが仕事を辞め、都内の家を引き払ってからは、そう頻繁に様子を見に行くことも出来なくなった。

 自分も結婚をして、子供も生まれて。自分の生活ができてからは、余計に行けなくなった。まぁ、前みたいに飯を食わないでぶっ倒れる、なんて事が無くなったので、まだ良いのだが。

 友人ーーというのも不思議な気分だーーとして、心配はしている。だから、最近は電話だったり、こっちに呼び出したりばかりだった。


『……え、来るの?』


 昨夜電話をした時、トオルはまるで考えていなかったかのように、驚いた顔をした。画面の中で少し困ったように視線をさ迷わせるのを見て、思わず眉をしかめる。


「お前最近、呼んでも来ねぇし。とりあえず生存確認と、いい加減に本社に戻れってお達しを伝えにな」

『今の電話で、目的は果たしてると思うんだけど』

「お前の場合、音も映像も信用ならんからな」

『……僕を何だと……、あ、ごめん。ちょっと待って』


 後ろから何やら音が聞こえたと思ったら、急に音声と映像が途切れた。どうも、人の声……それも女の声に聞こえた気がするのだが……気のせいだろうか。

 じゃれてくる子供に構いながら待っていると、プツンと音がした。映像はつかない。


『ごめん、何だっけ』

「……お前、何隠してんだよ?」

『いつ来るんだっけ?』


 あからさまに話をそらされて、思わずため息をついた。


 街から外れ、車で二時間程度。この小さな街の、端っこ。居住区としてギリギリの位置に、トオルの家はあった。ともかく人のいない場所が良いと言ったトオルに与えられたのは、小さな掘っ立て小屋。居住部分は何とか整えたが、それ以外はずっと、荒れ放題だったのを覚えている。

 それが、久々に来たトオルの家を見て、驚いた。雑草は刈り取られ、前にはなかった花壇が作られていたのだ。近づいて見れば、そこには色とりどりの花と、野菜が植えられており、きちんと手入れされていることが分かる。

 ……何だ、あいつ。趣味でも増えたのか?

 あまりに「らしくない」様子を想像して、苦笑する。

 それなら、誰か知り合いが来たと考える方が、納得できる。昨日の電話の様子からも、もう一人いると考えて良いだろう。

 そう結論に達し、安堵の息を吐く。


 ようやく、ミカのことを振り切れたのか。

 あの引き篭もりが、どうやって相手を見つけたのかが謎だが……まぁ、問い詰めれば良いだけの話だ。


 柵のそばにあるチャイムを鳴らし、勝手に中に入る。はーい、と元気の良い、女の声がした。視線の先で、ガチャりと扉が開く。

 どんな女が出て来るのかと、期待しながら待っていたナツヤは、ポカンと口を開けることになった。


「ナツヤ、久しぶり!」


 元気に手を振るのは、懐かしい、幼馴染の姿だった。


「え、あ……」


 咄嗟に、言葉が出てこなかった。何でいるんだ、とか。どうなってるんだ、とか。混乱する頭で立ち尽くすナツヤを見て、女は首を傾げた。その様子が、昔のミカと瓜二つで、背筋が寒くなる。


「何、幽霊を見たような顔してるのよ。トオル

も待ってるし、さっさと入って入って」


 ほら、と手を取られそうになり、思わず飛び退く。過剰な反応に、女は少し眉をしかめ……自分が身を引く形で、扉を開いた。

 どうぞ、と再度促されーーナツヤは一瞬の躊躇の後に、家へ足を踏み入れた。


 家の中は、意外にもというべきか、前に来た時よりも生活感があった。放ったらかしだった荷物は片付けられ、床も掃除されている。白い壁には、いつの間に買ったのか、おしゃれな絵画も飾られていた。

 あまりの変貌にあたりを見回しながら、ミカに似た女に促されるまま居間へと向かう。綺麗になった居間を見渡せば、優雅に珈琲を飲んでいたトオルを見付け、思わず睨み付けた。

 女の横を通り抜け、トオルの目の前に立ち、そばにあったテーブルを叩く。トオルが、驚いたように目を瞬かせて、ナツヤを見上げた。


「えっと、久しぶり……」

「ーーどういう事だ?」


 地を這うようなナツヤの低い声に、トオルが眉をしかめた。

 何が? とふざけたように首を傾げる様子に、苛立ちが募る。ドン、と力を入れてテーブルを叩けば、部屋の入り口にいた女が、驚いたように肩をはねさせた。それが、また、ミカにそっくりだった。


「何が、じゃねぇだろ! あいつは何だって聞いてんだよ!」

「ーーミカ」


 ナツヤの怒鳴り声に答えたのは、ひどく静かで、冷静な声だった。あまりの静けさに一瞬何を言われたのか理解できず、は? と聞き返すが、ナツヤへの返答ではなかったらしい。


「ちょっと、外で待っててくれる?」 


 その言葉は、女の方に向いていた。

 女はミカに似たその顔を困惑に歪ませて、俺達を見比べた。そして、しばらく俺の事を見つめた後、軽くため息をついて、分かった、と答えた。その仕草がまた、ミカの奴にソックリだった。


「ちゃんと、あとで話してよね」

「分かってるよ」


 女の言葉にトオルが軽く答えれば、女はミカに似た顔を不満そうに歪めて、部屋から出ていった。重い足音が遠ざかったのを確認してから、それで、と再度声を上げる。


「あれは、何だ?」

「何って……見た通り、ミカだよ」

「ーーふざけんなっ!」


 思わず怒鳴り付け、テーブルを叩く。ガチャンと音を立てて跳ねた茶器を見て、トオルが小さな声で、こぼれた、と呟いた。


「お前、何を言ってんのか分かってるのか!?」

「分かってるよ」

「じゃあ、アレは何だよ……あれは、人間か?」


 トオルが一人、街から遠く離れたここへ引っ越したのは何故だろうと、考えていた。傷心を癒やすためだろう、あまり聞いてやるなと言ったのは、同期の誰だったか。その言葉に納得して、ナツヤはあの時、疑問を引っ込めたのだ。

 自分だってショックだったのだ。既に婚儀を結んでいたトオルが落ち込むのは、当然だ。現実から逃れようと、遠く離れるのも、また。だから、トオルがやたらと『この場所』に拘った事に、疑問は抱けど、理由は尋ねなかった。

 けれど、今なら分かる。

 街から離れた、森の中。そこには、かつて街だった時に使われていた機材が、そのまま眠っていたはずだ。


「ーー彼女は、ミカだよ」

「アレは、お前が作ったのか?」

「アレって失礼だよね、ミカだって」

「ミカは死んだ!」


 思わず声を上げ、トオルの襟首を掴み上げる。無理に引き上げられたせいで椅子が倒れ、トオルの手から離れたカップが、床に落ちて割れる音がした。


「あいつは死んだんだ、お前だって」

「ミカは生きてる」

「アレがミカだっていうのか?」

「そうだよ」

「ふざけーーっ」

「僕はっ!」


 遮るように上げられた声に、ふざけるな、と殴ろうとした腕を止める。


「僕は、ミカと生きたいだけだ。一緒に生きたかったんだよ。その為に、できる事をした。何が悪いんだよ、誰にも迷惑はかけてないだろ」


 馬鹿なことを言うな、と怒鳴りつけることもできた。現実を見ろと、突き放すべきかとも想った。

 けれど、違う。

 トオルは、「一緒に生きたかった」と言った。ミカが死んでいることを、こいつは認めている。認めた上で、アレを作り、生きるのだと言った。誰にも迷惑をかけないからと、死んだように生きるのだと言った。


 ふざけるな、と思った。

 それは、ミカに対する冒涜ではないかと。


 怒りも一定値を超えると、言葉が出なくなるものらしい。言葉を探して、探して。あまりの怒りに真っ白になった頭では、言葉を紡ぐこともできない。

 数度口を動かして、結局言葉は発せず、トオルを掴んでいた手を離した。床に落ちたトオルが、痛みに眉をしかめる。先程割ったカップで、手を切ったらしい。赤い色が、床を汚した。


「……俺は、認めないからな」


 息苦しさを感じながら、喘ぐように口にした言葉は、みっともなく掠れていた。


 踵を返し、部屋から出る。

 音を立てて早足で廊下を抜け、乱暴に玄関を開ける。外で待っていてと言われて、本当に外に居たらしい。庭の世話をしていた女がナツヤを見て、驚いたように目を丸くした。


「びっくりした。話は終わったの?」

「……ああ」

「もう帰るなんて言わないわよね、私だってナツヤと話がしたかったんだから。トオルってば、全然連絡させてくれないし。あ、ご飯も準備してあるのよ、昔と違って美味しく出来てるの。だからね、ナツヤ、一緒に中に……」


 戻ろう、とこちらの手に触れてきた手を、振り払う。

 コレはミカじゃない、と強く思った。

 あいつなら、大人しく庭で待ってたりしない。あいつなら、トオルに止められた所で、自分で連絡くらいしてくる。

 あいつなら、俺の手を取ったりしない。


「……ナツヤ?」


 首を傾げる女の様子を見て、やめてくれ、と叫びたくなった。コレはミカじゃない。似ているけれど、やはり細かな言動に違和感を感じる。だから、ミカじゃない。

 ミカじゃないのに、本物だと思いたくなるほど、似ていた。


「……帰る」

「え、ちょっと、ナツヤ!」


 急いで女の側を抜け、門から外へ出る。

 追いかけて来るかと思ったが、女は何故か、門の外、街道側には出ようとしなかった。

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