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読ませてもらったトオルの業績は、凄まじかった。天才とはこういう人の事を指すのだろうかと、真面目に考える程だ。
だからこそ、何で『異動』をしたのか分からなかった。交通の断絶されたこの国で、都市をまたいだ『異動』は余程の事が無ければ、行われない。それは、左遷……街から追い出されるのと同義だからだ。
少し悩んだ末に、直接尋ねてみた。元々、情報が足りてないのだから、悩んだって仕方が無い、と思ったのだ。ナツヤに言わせれば「お前は時々、すごい豪胆だよな」ということになるし、後のトオルに言わせれば「ミカは正直だよね」となる。私にしてみれば、合理的な判断なのだが。
「研究が理解されなかった、って所かな」
昼食を食べながらの私の質問に答えたトオルは、苦笑気味だった。まさか聞かれるとは思ってなかったのだろう。私も、彼が優秀でなければ、聞くつもりはなかった。
「えー、こんなに評価されてるのに?」
「問題になったのは、載ってないからねぇ」
「気になるな、それってどんなーー」
「おい、ミカ」
ナツヤに脇腹を突かれて、横を見れば、突っ込み過ぎだと小さな声で言われた。言われてようやく、トオルが微妙な表情をして、手元を見つめているのに気が付いた。
あれは、何を考えていたのだろう。手元の皿を突きながら、ぼんやりと遠くを見つめるように。
その様子に慌ててしまった私が、ごめん、と言葉を紡いだせいで、もう分からないけれど。あの時のトオルは、何を見ていたのだろう。
「ーートオル、これも食べてみる? 美味しいよ」
「え、でも」
「いいからいいから。トオル、ほっそいんだもん、食べなきゃ育たないよ!」
「もう体重位しか増えないけどね」
沈黙が居たたまれたなくて紡いだ会話から、無理矢理ご飯を分け与える。それが功を奏したわけでは無いだろうが、トオルは苦笑しながら、ありがとう、と呟くように答えた。
それが何に対する言葉なのか、よく分からなったけれど。
トオルが向こうで何をしたのか、未だに私は、聞けていない。ただ彼が非常に優秀な存在であり、お陰で私の研究に光明が見えたのは、確かだ。
この記録も、その研究の1つだ。
思い出せる限りのことは記載したつもりだが、これで本当に役に立つのだろうかと、不安は拭えない。
過去の経験と、知識と、性格と。人が何かを判断する時、一体何を考えるのだろう。何で判断するのだろう。それが分かれば、私の研究も一歩進むのだろう。
それに期待して、今後とも記録を継続していく事にする。