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カツカツと音を立てて、白い廊下を急ぎ足で歩く。研究施設というのは不思議と、どこも真っ白だ。気が滅入る。
手元の資料を読みながら、一つため息をついた。上手くいかない。記憶の保存、性格の形成、意志の創出。何度実験を繰り返しても、上手くいかない。いっそ、全然別のアプローチをすれば良いのだろうか。でも、この手が最善だろうとチームでも話し合ったところだし、何よりーー
何かにぶつかった。
顔を上げれば、ナツヤだった。まるで巨木のように、人の目の前に立ち塞がっていたらしい。昔から体格の良いナツヤだが、これは通行の邪魔である。
「よぉ。ミカ、お前すごい顔してるぞ」
「……うっさいわねー。淑女に向かって、すごい顔って何よ」
「眉間にシワ寄ってんだよ」
ぐりぐりと眉間を押されて、振り払う。止めてよ、と文句を言えば、軽く笑われた。
「で、何の用?」
「飯、食いに行こうぜ。まだだろ?」
「あー……」
そういえば、まだ食べていなかった。
どうも、最近は実験が上手くいかないせいで時間を忘れがちだ。どうせ独り身の体だし、と食事に対し適当になっている部分もあるのだろう。ナツヤに誘われないと、一食、二食は抜いてしまうことがよくあった。
「そうね。忘れてた」
「やっぱり。お前、意外と抜けてるよな」
そう言って笑うナツヤに、そんな事はないと思いながら、苦笑して答えた。
この施設の定食は、珍しく人が作っている。こういうと昔の人間からしたら何の事かと思われるかも知れないが、ほとんどの仕事が機械にとって代わられたこの時代、職場で人の作る料理がでるのは珍しい。
トレイを持って、先に席を取っていたナツヤの所へ行くと、見慣れぬ料理に訝しげな表情を浮かべた。
「何だ、それ」
「何だっけな、チャレンジ料理だった」
「ふぅん」
適当に答えるナツヤは、がっつりした丼物。外で機械の調整をして回るナツヤには、私が頼むような食事では足りないのだろう。
一方の私は、パスタの一種らしい何か。料理長が作る意欲作とやらだが、あまり美味しそうには見えない。まぁ、機械の作る、いつもと変わらないご飯よりは良い。
「ほんで、何イライラしてたんだよ」
「実験が上手くいかないだけ」
「ふぅん」
私の答えに、ナツヤが気のない返事をする。研究職である私の話は、突っ込んで聞いても分からないからだろう。でも、どうせ聞くなら、適当な返事はしないで欲しい、と思うのは我儘だろうか。
まぁ、いい。ナツヤは昔から、こんな感じだった。
幼馴染で、お互いのことはよく知っている。機械革命により人間の仕事は極端に減ってしまったから、同じ研究施設に勤めるのも、よくある事だ。
人口が極端に減少したこの国では、各町が森に囲まれて、外と交流する事などほとんどない。残された機械を修理しつつ、細々と生活している現状。町の殆どが顔見知りであり、中でも隣人のナツヤは腐れ縁で、ずっと共にいる。何も無ければ、そのまま結婚でもして、人口減少をしないように、子供を二人産んで。そんなもんだろう、と達観していた。
あの日に、トオルが来るまでは。
「あー。新しく北から引っ越して来た、トオル君だ。配属は研究科の五課になる」
所長からそう言い渡され、少し投げやりに、面倒を見るように依頼を受けた。わかりました、と答えて彼を見れば、申し訳無さそうに一つ頭を下げられる。
「ミカよ。五課は人が少なくてね。おめでとう、記念すべき六人目よ」
「……研究内容で課が分かれてるって、聞きましたけど」
「同い年でしょ、敬語はいらないわーー五課は特殊でね、中で更に三つのチームに別れるの。研究テーマ毎にね」
それを聞いて、トオルが柳眉を(線が細くて顔立ちも整っていたから、そう言うのがピッタリだった)ひそめた。
「……それは、つまり?」
「私との二人チームよ。よろしくね」
初のチームメイトに浮かれて手を出せば、トオルが、やっぱりかとため息をついて、その手に答えた。