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閑古庵のお便り  作者: 稲生 萃
二通目 時を経て
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二通目 時を経て ニ

長らくお待たせしました。第二話です。

登場人物は変わりません。


 午後、夕陽が沈みかけて人の目に沁みる頃。

「ただいま戻りましたー……ってあれ?お客さんですか?」

 翠が閑古庵に帰り、暮相のいる店のカウンター辺りを見るともう一つの影があった。暮相は翠の方を振り返りながら言った。

「ああ、お帰り翠。篠目が来てるよ」

「こんばんはー!!」

「篠目君、こんばんは。ここへ何しに?」

「芳乃と遊んでた!!翠のネェちゃんも入るか?」

「いや、働いて疲れてるから今日はいいです……。あっ、そうだ」

 翠は虚ろ街で買った一本簪を取り出した。

「おー!紅葉がキラキラしてんな!」

「おや……綺麗な簪だね。買ったのかい?珍しいね」

 確かに翠は服装や装飾品は人並みに着飾るが、あまりこだわる性格ではない。それを知っている暮相は少し驚いた様子でそう言った。

「はい、虚ろ街で。なんとなく目を惹かれて、その店の主人に乗せられて買っちゃいました。……私の髪の長さで簪って着けられますかね?」

 翠の髪の毛は普段は後頭部で一つに結んでおり、長さは肩と肩甲骨の間くらいである。

「君くらいの長さで一本簪なら着けられるよ。でもその簪、汚れが付いてるね、洗ってくるよ」

「あ、ありがとうございます」

 そして暮相は翠達に気付かれないよう、簪を持って洗面台ではなく、自分の部屋へ向かった。彼が言った汚れとは

「付喪神か?怨霊……はもうこりごりだな……」

 土や泥ではなく、妖怪、幽霊に属する『なにか』だった。幸い簡単な除霊で祓えたことから、それほど強くないものだったのだろう。

 暮相は『きれい』になった簪を持ち、店内に戻る。

「さあ、綺麗になったよ。翠、着けてあげよう、髪を下ろしてここに座って」

 暮相がカウンター席に翠を座らせ、髪をいじり始めた。それをカウンターの向かい側で肘をついてじっと見つめる篠目。

「暮相、お前なんで女の髪いじれるんだ??昔から女の影なんか無かったじゃねぇか」

 篠目が眉をひそめながら尋ねる。

「おや、恋人がいないからって髪を結えないなんて誰が決めたんだい?まあ昔、髪を結えとうるさいのがいたもんでね。恋人じゃないが」

「ふーん」

「恋人じゃないなら一体……?」

「おや翠気になるかい?……よし、できたよ。上手く結えた」

 暮相は簪を刺した翠の髪から手を離し、自慢げに篠目にも見せた。

「……ありがとうございます。簪なんて着けるの初めてで、落ちちゃわないか心配になりますね」

 翠は慣れない髪の感覚にそわそわしているようで、結われた髪の毛を優しく触っている。

「すっげー!!翠のネェちゃんはいつもの髪型ヤツより簪の方が似合ってんぜ!!」

「……ありがとう」

 翠は照れ隠しのような態度でお礼を言うと、カウンター席から立ちあがり言った。

「これからご飯を作ります。先生と篠目さんもいかがですか」

「良いのか!!じゃ、遠慮なく頂きまーす!!」

「先生も、本来食事が必要なくてもみんなで食べると美味しいですよ」

「そうかい?じゃあ久しぶりに頂こうかな」

「はい!簪を着けてくれたお礼も兼ねて、いっぱい作りますからね」

 笑顔で言う翠。もう遅い時間だ、と店を閉めて居間に戻っていく面々。

 後頭部に挿した一本簪が妖気を取り戻しつつある様は誰にも見えなかった。


閲覧ありがとうございます。

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