二通目 時を経て
閑古庵のお便り、二通目です。
登場人物
・暮相 芳乃
閑古庵店主。年齢不詳だが見た目は若い。
・小碓 翠
暮相の助手の女の子。暮相と共に閑古庵に住んでいる。
・篠目
狸の青年。カールがかった髪と垂れ目が特徴。
浅い意識の中、鳥が爽やかに鳴く声が聞こえ、自分の体が浮遊するような感覚。まぶたの裏が明るい。嗅覚が目を覚まして布団の匂いに気づく。
生暖かい布団の中で身体が起きるよう少し動く。やがて布団から寝ぼけなまこの顔を出して時計を一瞥。閑古庵店主、暮相芳乃が呟く。
「朝……いや昼じゃん……」
針は11時を指していた。
ここは田舎町の山麓の森の中にある閑古庵。妖怪がからむ怪異事件を解決する店である。薄い結界が張ってあるため普段は人間は入れないが、閑古庵に依頼をしたいと願う者と結界が薄い故に迷い込んできた者が入ることができる。
茄子紺の瓦屋根と木造の壁や床で建てられており、引き戸の入り口の上には閑古庵と書かれたなんとも風情がある看板が掛けられている。二階構造で一階は店、二階は居住空間となっている。
先程暮相芳乃が目覚めたのはこの二階の居住空間にある自分の部屋である。
今日は閑古庵には暮相しかいない。助手の翠は虚ろ街という現世とは離れた妖怪達が住まう街で、知り合いが経営する茶屋のアルバイトをしているはずだ。そこでやっと気付く。
「店を開けなきゃだ。こんな時間まで寝てしまうとは思わなかったなぁ」
のろのろと起き上がり着替えてから顔を洗って、切るのを面倒臭がって伸びてきた髪をまとめる。一階に降りて閑古庵の入り口の鍵を開ける。ついでにカウンター付近の窓を開けて換気をする。そして名前の通り閑古鳥の鳴く閑古庵のカウンター席に座り、筆や墨、和紙など一通りの札作りの用意をした。静謐な空間に墨をする音、鳥の鳴く音、入り口の引き戸を思いっきり開ける音!
「よぉ!暮相芳乃!相変わらずののほほん顔と人気の無さだな!!」
「こんにちは。ご挨拶だね、篠目」
平穏な空間を破ったのは、カールがかった茶髪と垂れ目、似合わない紺の作務衣を着た青年、篠目であった。
「というか、いい加減戸を乱暴に扱わないでくれないかなぁ。最近劣化が……」
「すまんな!!あれっ、あのネェちゃんは?」
全く反省しているように見えない謝罪を述べると、にっかり笑いながら問いかけた。
「翠ならアルバイトだよ。なにか用だったかい?」
と問うと、首をぶんぶん横に振り
「いんや、暇だったから遊びに来ただけだ!なんだ、お前しかいないならお前が遊び相手になれ!どうせ暇だろ?」
どうせ暇、というのは間違いではない。
「……まあ良いけど。札作りは後でいいか」
「やったー!」
✢
「お疲れ様でしたー」
他の従業員に声をかけ、翠は先程働いていた茶屋をでた。
今日は朝から夕方までシフトが入っており、閑古庵には生活面において頼りない暮相を残す形となった。朝の時間帯に起きているかどうかすら怪しい。
溜め息をこらえながら帰路につく。翠がアルバイトしている茶屋は大通りに沿うように建っていて、帰るときは真っ直ぐ歩くだけ。他の店の品物を見たり、必要なものを揃えたり。ある程度のことはここ、虚ろ街でこなせる程便利である。ただ、従業員が人間ではなく全て妖怪であり、人型の妖怪とありのままの妖怪が跋扈しているのが現世との違いだろう。
「まだ食料はうちにあったわね。夕飯はなににしようかな」
翠が他の店を見ながら歩いていると、一つ、きらりと輝く物があった。近づいてよく見るとそれは一本簪で、先には紅葉をあしらった飾りがついていた。
翠がその簪を手に取ってまじまじと見つめていると話好きで評判の店主が出てきて、
「お、その簪が気になるかい?綺麗だがなんとも古い品物でね、早めに壊れてしまいそうってんで安く売ってんだよ。簪だって歳こいても別嬪さんには着けてもらいてぇだろうよ!子どもの懐にも優しい値段にしてるし、買ってくかい?」
と人の良い笑顔で言った。
「確かにお安いですね……。まあ壊れたら……可愛いし鑑賞用にでもしようかな。それじゃこれ下さい」
「毎度あり!」
お手頃価格で綺麗な簪を買い、小さい紙袋に入れてもらった翠は、いつもより軽い足取りで閑古庵へ向かった。
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