一通目 生きながら 参
・暮相芳乃
閑古庵店主。紺色の着物を着ている。20代後半〜30代前半?
・小碓翠
暮相の助手。
「うぅ、結構寒いんですね。10月って」
私は薄茶色のダッフルコートの袖を握りしめながら言った。
「十月と言っても二十五日だしね。下旬も下旬。寒いわけだ」
そういって私の雇い主兼閑古庵店主もマフラーを巻き始めた。
直美ちゃんからの依頼を受け、私達は早速動き出した。最初の仕事は明日香さんを尾行しこっそり様子を見ることだ。しかし明日香さんは二十六日に退院する予定だそうで、なぜ二十五日の今日町に降りてきたのかというと通学路の下見の為だ。
「幸い私も君も方向音痴ではないがね、備えあれば憂いなしだ。帰りに土産でも買って行こうかな」
「普段は閑古庵にこもりっぱなしですし、良い機会ですね。一体なんの用で長いこと引きこもってるんだか」
「秘密」
皮肉を含ませて発したことばに案外真面目な顔で答えられてしまった。聞いちゃいけないことだったかもしれない。話題を替えよう。
「先生は今回の件での黒いモヤって何だと思います?」私は過去の事や立場上暮相芳乃を先生と呼んでいる。
「おや、早速聞いちゃうかい?」
「ダメですかね」
「ダメではないけど、面白味にかけるね」
先生はにっこりと笑みを浮かべてすたすたと歩いていく。
「人が真剣に困ってんのに面白味なんて気にしてたら失礼ですよ」
私は通学路を観察しつつ後を追う。先生は私の前を歩きながら推察を話し始めた。
「黒いモヤが明日香さんから出て来たんだろ?ならモヤが出てくる前の明日香さんの奇行は十中八九それのせいだろうね。」
「それ位は私でもすぐ分かりましたよ。でも黒いモヤの目的とかは……」
私は明日香さんを奇行に走らせる黒いモヤの目的に検討がつかなかった。
「目的は後回しかな。黒いモヤの正体が先だ。現時点で考えられるのは妖怪か悪霊か生霊かだね。範囲広いなぁ」
「黒いモヤが妖怪だったとして、通学路みたいな人が多く通りそうな所で姿を現しますかね。それに早朝の事だし」
妖怪は基本的に明るい時間帯は好まず、人間が多くいる場所にも近寄る事は少ない。近くなってきた直美ちゃん達が通う学校を横目に、先生は住宅街の塀に寄りかかって考え始めていた。
「ああ、だから妖怪の線は薄いかなぁ。だとしたら悪霊か生霊か。どっちにしたって明日香さんに強い思いをもってるって事だ。それほど明日香さんは個性的だったりするのかな」
「直美ちゃんの話だとそうでもないみたいですよ。優しくてとても恨みを買うような性格ではなく、むしろ好かれるタイプだと」
「ふ〜ん……。じゃ、恨みの反対かな」
先生はよく分からない言葉を残し、後ろを追っていた私の方に向かってきた。
「学校まで行かないんですか?」
「ああ。当日学校から尾行してたら絶対バレそうだし、道もだいたい分かった。あと町のお菓子屋さんがあと数十分で閉まるんだ。翠、300円までだよ」
「私は遠足前日の子どもですか」
お菓子屋に寄って、売り場で固まっている先生を日が暮れる前にと急かし、私達は閑古庵に帰った。
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