四通目 もの病みと夏 三
翠と分かれた暮相は、家の屋根を見上げて歩き回ってから、床下を調べようとしていた。床下を見ることが出来る点検口がどこにあるかを友江から聞き出し、早速向かう。
台所に点検口があるというので、廊下を歩いていると「せんせーい!」と呼ぶ声が聞こえた。換気のため障子開け放たれて廊下から庭が見渡せるようになっており、そこの縁側から翠は声をかけてきたようだ。
「おや、翠。どうしたんだい」
「さっき、ここの縁側の下を覗いたら、モサモサした何かが動いたんですよ……!でもすぐ影に隠れちゃってどこいったか分からなくて……」
翠が少し焦るように報告したその時、暮相の立っている廊下の床から、どしっと鈍い音がした。
「……真下に居るようだね」
「頭でもぶつけたんでしょうか」
音がしてから床下でなにか動く気配はない。暮相は懐から空札を出し、そっと床に貼る。
「このまま引きずり出してみよう。翠、近くに家の人が寄らないよう見てなさい」
「分かりました!」
暮相は更に空札を出し、右手を床にかざし、呟く。
「……『滝の音は』…… !」
背後から足音と話し声が聞こえた。翠が家人を足止めしてくれているのだろう。早く下にいる妖怪を捕えて人目につかぬ場所へ連れて行かねば、家人を混乱させるかもしれない。
「……『耐えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ』」
床に貼られた空札が蠢いた。紙がムクムクと盛り上がり、破れた空札の隙間から妖怪の正体があらわれる。暮相はすかさず空札で動きを封じる。
「なるほど、度重なる病の原因は……」
それは、全長50センチ程のけむくじゃらで、つぶらな瞳がついていた。
「君だったか、毛羽毛現」
毛羽毛現を捕えて笹原邸の裏庭に回り、暮相と翠は合流した。
翠は札の張り付いた毛羽毛現を見てぎょっとした後、すまし顔を取り繕って暮相に言った。
「この妖怪が今回の犯人ですか?なんというか、毛だらけですね」
毛羽毛現は時々うごうごと蠢きながら目をぱちくりさせている。
「毛羽毛現という珍しい妖怪だよ。湿った場所が好きで、毛羽毛現が棲みついた家では病人が出やすいんだ。笹原家の連続病人事件は彼の性質ゆえだろうね」
「そんな連続殺人事件みたいな…… 。でも、この毛羽毛現を退治したら解決するってことですよね」
「病人に関してはね。ただ、笹原友江さんの娘さんが幽霊を見た、というのが解せない。毛羽毛現は幽霊を見せるような性質をもっていないんだ」
翠の動きがピシッと止まった。
「ほ、本物の幽霊ですか……?また生霊とかじゃなくて……?」
「かもしれないね。まあ、彼に聞いてみよう」
暮相は懐から溜札を取り出し、掌に挟み込んで妖力を入れ込め、毛羽毛現の両目の下、人間だったら口があるであろう場所に溜札を貼った。
すると札に一筋の切れ込みが入り、もにょもにょと動き出した。
「……むぐ……むぐぐ……」
毛羽毛現は呻きながら切れ込みをモゴモゴ動かし、じきにたどたどしく話し始めた。
「むぐ……あの、おとこの、話か」
「突然捕まえたりしてごめんよ。今の話、心当たりがあるかい?」
「ある。魂だけでさまよっていた。体をあたえた。…… わるいことをしたか?」
「いや、誰も悪いことはしてないんだ。ただ調べなくちゃいけないことがある。その男はどんな見た目で、どこへ行ったか聞かせてくれるかい?」
「わたしと同じみためだ。ひとまわりちいさい、と思う。まだこのへん、家のなかにいる。…… たぶん」
「そうか、教えてくれてありがとう。札を剥がすよ。……あぁ、それと、この家に棲まれると少々具合が悪いんだ。代わりと言ってはなんだが、今の依頼が解決したらおすすめの移住先があるから案内させてほしいな」
「…… 分かった。いらいとやらが終わるのをまとう」
「ご協力感謝するよ」
毛羽毛現から話を聞き終え体を解放した。
「さて、これから家の中を探さないといけないわけか…… 」
「わたし達、屋内なら水場以外は探してませんよね。個人的にはやはり…… 娘さんが幽霊を見たって部屋が気になります」
「同感だね。友江さんに部屋を聞いて見に行ってみよう。…… しかし、ビビリの翠が自ら幽霊がいた部屋に行こうと言うとは」
「ビ、ビビってませんけど?毛羽毛現さんが体を与えたって言ったから幽霊じゃありませんし!大丈夫ですし!」
「うんうん、幽霊じゃないから平気だね。ふふふ」
「うぅ〜……!」




