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閑古庵のお便り  作者: 稲生 萃
四通目 もの病みと夏
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四通目 もの病みと夏

 蒸し暑い空気がただよう日。外は緑のにおいがいっそう強くなり、真夏だということを意識せざるを得ない。

「いや〜、今日も暑いなぁ」

「そうですねぇ。冷たいデザートでも食べたい気分です」

 そう言いながら、翠は冷たい麦茶を二人分カウンターに置いた。


 ここ閑古庵では、主に現世で起きる不可思議な出来事を解決する仕事を請け負っている。依頼人は暮相が「お便り」と呼ぶ依頼内容を書いた紙を渡す。それは閑古庵の記録として保存されるのだ。


 その時、「お〜い!」と扉の外から声が聞こえた。近所の森に住む狸、篠目の声だ。

 彼は閑古庵の戸をガラッと開けると、元気な声で言った。

「手紙!届いてたぞ!!」

「おや、ありがとう」

 篠目は暮相に手紙を渡すと、すかさずカウンター席に座った。

「篠目君は暑い日でも元気ね」

 翠が篠目の分の麦茶を出す。

「まあな!夏はな、植物がいきいきして太陽もまぶしくなって、オレも元気になる!」

「熱中症にも気を付けて……と言いたいところだけど、化け狸って熱中症になるのかしら」

 先日の二人での留守番で仲良くなったのか、篠目に対して翠の敬語が抜けているようだ。

「忘れてた、先生。そのお便りは?」

「ん?ああ、依頼だよ。この山を下りて北西に行った所にある家だ。どうやら、そこのご家族が次々と病に侵されているらしい」

「病?」

「ああ、原因不明だそうだ。これはどうもおかしいと思って、まず神社でお祓いを受けたが、しばらくしてまた病人が増えたと」

 神社でお祓いとなると、かなり重い病気だったりするのだろうか…… 、と翠は考える。

「なるほど。それは確かに怪しいですね……」

「すでにその神主が依頼人に連絡を入れてくれてて、明日にでも伺えるそうだ。今日中に準備して、明日向かおう」

 病気となると、一刻を争うものかもしれない。暮相は茶器に残っていた麦茶を飲み終えると、立ち上がって準備を始めようとする。つられて翠も立ち上がる。

「はい!……あれ?依頼人さんからのお手紙なのに神主さんが……?」

「ん?……ああ、いや、これはその神主からの手紙だよ。友人なんだ。神社のお祓いでダメならってことで、こっちにパスしてきたんだろうね」

「へぇー。神主さんがお友達……」

 最低でも十年は先生の助手してるけど、お友達の神主さんなんて、話に聞いたことすらないわね……と翠が疑問に思っていると、暮相が言った。

「長い付き合いだけど、久しぶりに連絡をとった気がするよ。さあ、雑談も終わりにして準備、準備!」

「はーい」

 話を適当に切り上げ、準備に取りかかる。

 一方、同じ場にいながら仕事の話についていけない篠目は、冷たい麦茶を飲み干しながら、(かんぬしって地方特有のおかずの名前みたいだな!)などと考えていた。




 某年 七月二十七日


 笹原祐介は、命が尽きるのを待っていた。

 とある家庭に生まれて、大学を卒業して、就職して、結婚もした。ごく普通の人間だった。

 ただひとつ、彼の人生を一気に変えたのは、病であった。自分と妻が三十五歳の時、自分の体が病に侵された。現代の医療技術も効かなかったようで今夜が山だと言われ、最期は家で過ごすことにした。


 畳の上の布団から、開け放した障子から、夕焼けがきれいに見える。ひぐらしも鳴いている。隣には静かに涙を流す妻がいる。僕はもう体が重くて動けない。


 僕のためにこんなに泣いてくれるなんて優しい人だ。僕が居なくなったあとは笑顔でいて欲しい。そう思う反面、その痛みを忘れてほしくないとも思ってしまう……。



 妻が僕の手を握りしめてくれて、言葉を交わす。その一言一言を愛しく感じる。



 死ぬのは悲しいし怖い。彼女のためにも生きていたい。




 彼女の鈴のような声が聞こえる。僕はもう、言葉を返せない。




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