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閑古庵のお便り  作者: 稲生 萃
三通目 憎くて愛しい
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三通目 憎くて愛しい 八

「こんばんは、花相。約束通り、翠を連れてここまで来たわけだが」

「きっちり約束守るのね。てっきり一人で来るかと思ったわ」

 満月の下、山頂で暮相と花相が対峙した。翠に化けた篠目は暮相の背後に隠れて様子をうかがっている。姿こそ現していないが、依も近くの木々に隠れているようだ。

 緊張の沈黙を先に破ったのは暮相だった。

「花相、君にいくつか聞きたいことがある」

「なにかしら?まずは大人しく聞いてあげる」

 花相は微笑みながら答える。

「君が村を離れている理由だ。君は垂益村の神として祀られていた。つまりあの村からそうやすやすと離れられないはずだ」

「そんなの、村が無くなったからに決まってるじゃない」

「村が無くなった……?」

「そうよ。ちょっと考えれば分かる事よ。あの村は尾根に挟まれた谷。そして真ん中には川が流れてる。川が増水しちゃったらぜーんぶ流されちゃうような地形してるんですもの」

「……そうか。それで君の社が壊れ、人の信仰からも解放されたわけか……」

「そういうこと。おかげで何処にでも行けるようになった。だけどね、あたし神様だったから人の信仰が無いと生きていけなかったの」

 花相の目が溶けるように歪み、恍惚とした表情で語りだす。

「村が無くなって、信仰なんて何処にもない状態であたしはただただ弱っていった。そこであたしを拾ってくれた『神様』がいたの。なんでも、あたしの憎悪の感情が『良かった』んですって。それから『神様』によってあたしは妖怪に成り下がって、あんたを探し始めたのよ」

「か、神様……?」

「うふふ。あたしはこれから負の感情を力にして生きていくの。だからあんたの可愛い弟子をあんたの目の前で殺す。これはあたしの復讐でもあるし『神様』とあたしが力を得る手段なの」

 花相は暮相のほうに一歩踏み出し、手を伸ばした。すでに微笑みは消え、目には殺意が宿っている。

「さあ、その小娘を渡しなさい。目の前で残酷に殺してあげる。そしたら過去の行い、許してもあげる」

 暮相は片手で翠を庇うようにして言った。

「残念だが、私には目の前で親しい人が殺されて喜ぶ趣味はない。断る」

 途端、花相は目を見開く。

「それなら、力づくで奪うわ!」

「うわぁっ!?」

 翠に扮した篠目が悲鳴をあげた。妖術によって花相の方へ無理矢理引き寄せられている様だ。

 暮相はすかさず篠目の手を取り、護符を貼り付ける。術を弱めた直後、花相の背後に依が現れ、彼女を羽交い締めにした。

「ちょっと!護衛いるなんて聞いてないけど!」

「少々おいたが過ぎたな。大人しくしなさい」

 依に羽交い締めにされた花相は抜け出そうと暴れながら文句を言う。術どころではないようだ。

「あんたは……虚御所の姫の世話係!!ふふん、あんたにこの男の悪行教えてあげるわ!こいつはね」

 花相は目をギラつかせながら言い放った。

「あたしは昔住んでた村で……!暮相芳乃に騙されて、大切な人と一生会えなくなって!その小娘だって!こいつが母親を殺したから仕方なく引き取っただけよ!!」

 依が迫力の叫びと暴露に驚いて力が緩まった隙に、花相は腕から逃げ出したが、すぐに膝をついて地面に倒れ込んだ。暮相にしがみついている篠目は大声に驚き内容は聞いていないようだ。

 当の暮相本人は呆れたように頭を抱えている。

「……薄めの毒を塗りました。しばらく体は麻痺して動かせませんよ」

 依が倒れ込んだままの花相にそう声をかける。

「……奇襲なんて卑怯な真似しないわ。力を取り戻したら……また……!」

 花相は負けを認めたくないかのように歯を噛み締めると、もごもごと祝詞のような言葉を呟いた。

 途端、花相の体が突然の煙とともに消え、一枚の紙人形が残された。

「くっ……また逃した……」

 依は残された紙人形を拾い上げ、暮相のもとへ駆け寄った。

「お怪我はありませんか」

「ああ、私も篠目も無事だよ。ありがとう」

「……その……最後の話は一体」

「ああ、騙したとか殺したとかの話かい?不名誉な話だね。簡潔に言えば全部彼女の勘違いだよ」

「そうですか……」

「信じられないかい?」

「いいえ、あの子にはなんの信頼性も無いので。……ところで、篠目君は……?」

「……どうやら気を失っているみたいだ。よっぽど花相が怖かったらしい」

 すでに変身が完全に解けた篠目はくったりと暮相に寄りかかっている。

 暮相には篠目を背負いながら下山する身体能力が無いため、依が背負って下山する。そして厳重な結界を張った閑古庵へ到着した。


「先生!おかえりなさい!」

「お疲れさん」

 翠とリュドミラのお出迎えとともに店内へ入る。

 篠目を起こし、冷蔵庫のこしあんバター最中を取り出してテーブルに置く。これに篠目と翠が気を取られている隙に暮相、依、リュドミラはこっそりと結果報告をし合う。

 花相はしばらく襲ってこないことや花相を操る黒幕がいることなど。そして翠にはまだ花相の件は黙っておくことを決めた。その後平然と一緒にこしあんバター最中を食べ始め、翠は依に質問があったのを思い出した。

「さっきリュドミラさんから聞いたんですけど、お二人一緒に住んでるんですか!?」

「そ、そうだよ……?言ってなかったかな」

「聞いてませんよ〜!ほかにも!」

 あれやこれやと依を質問攻めする翠、それを見て笑うリュドミラと暮相、周りを気にせず尻尾と狸の耳が出たまま最中を夢中で食べる篠目。

 何事も無かったかのように過ぎる夜、暮相の脳裏に花相の面影がよぎる。花相も、彼女の背後にいる何かも、この平和を壊す敵なのだろう。長期戦になるかもしれない、と覚悟を決める。いつかくる戦いに、備えなければ。

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