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閑古庵のお便り  作者: 稲生 萃
三通目 憎くて愛しい
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三通目 憎くて愛しい 七

今回は登場人物を少し掘り下げました。次回は物語が進みそうです。

 その昔、花相は神になった。小さな垂益村の小さな神社に祀られた神様に。

 それほど大きな力を持たないとはいえ、村人達は畏怖しながらも大切に花相を扱った。

 花相は暮相達に逆恨みをしている。その理由も、経緯も知っている暮相が違和感を覚えたのは、花相が垂益村を離れていることだ。

「暮相芳乃!!どうしたそんな眉間にシワ寄せて!!鉛筆とかはさめそうだぞ!」

「うわぁっ、びっくりした。来てたのか、篠目」

「来てたぞ!!」

 平和に鳥の鳴き声が響く午前八時。約束の日当日である。翠は働きに出掛けているが、お昼には帰ってくるそうだ。

「いや、考え事してただけだよ。それより、ちょうどいいとこに来たな。篠目に良い話がある」

「なんだ??」

 篠目が身を乗り出す。

「今夜、ちょっとの間だけ翠に化けて、私の後を付いてきてほしいんだ」

「んあ?なんの為にだ?」

「それは……お楽しみだよ。報酬ももちろんあげようじゃないか!」

「えー、報酬ってなんだよー。お前が客から貰ってるようなしょっぺー報酬じゃヤダぞ!!」

 篠目はそう言いつつも、既に報酬にしか目がいっていないようだ。暮相はそう分かるなり、言った。

「まずこれは報酬というか脅迫に近いものなんだが。君がこの頼みを受け入れなかった場合、君が今までしでかした悪事いたずらの数々を和巳に報告してしまおうと考えている」

 篠目がピシッと音をたてて固まる。ちなみに、彼がこの世で恐れる物トップスリーは、多足類、女性の啜り泣く声、和巳のお説教である。

「安心しなさい、報酬はちゃんと良いものだよ」

 暮相の一言に耳がピクッと反応する。

「随分前に、現世の和菓子店『きんちゃく』の『こしあんバター最中もなか』をお腹いっぱい食べたいって言ってたね?」

 篠目の目が一瞬にして光を取り戻す。

「……ま、まさか!?」

「ご馳走してあげようじゃないか!」

「ホントか!!!」

 ヤッター!と天井に頭がつく勢いで跳ね回る篠目は、喜びのあまり化術が解けかかり、尻尾が見えている。

「まあ待ちなさい。これらは君が頼みを引き受けるか否かによる。どうかな?」

 篠目は今までにないほどの笑顔で答えた。

「もちろん引き受けるぜ!!翠のネェちゃんに化けてお前の後付けてればいいんだろ!!お安い御用だぜ!!」



「おい暮相、山頂に向かってどーすんだ?しかもちょっとさみー……」

「いいから付いてきなさい。あと、山頂に着いたら絶対に声を出さず、大人しくしてなさい」

「わ、分かったよ……。最中のため、最中のため……」

 夜が始まっていた。昼頃に帰ってきた翠に「満月の日は厄介なモノが迷い込んだりするから」と言って閑古庵の周囲に結界を張ったり、リュドミラと翠を会わせて留守番を頼んだり、午後は忙しかった。

 現在、依は別ルートで山頂へ向かっている。いざという時、すぐ援護できるようにだ。

 暮相と、翠に化けた篠目は閑古庵から近いルートで山頂へ向かっている。暮相は懐に数種類の札を忍ばせている。

 篠目はいつになく真面目な態度の暮相に驚きつつも大人しく言うことを聞いている。

 山はそれ程高くはなく、歩き始めて三十分程で、ついに山頂へ着いた。

 依は既にこの辺りに潜んでいるのだろうか、と思いつつ、周囲を見回す。山頂は木々が少なく、小さな公園ほどの広さがあった。満月もよく見えている。

 その時、あの声が聞こえた。

「約束、守ってくれたのね」



 暮相達が閑古庵を出て直後、初対面のリュドミラと翠は、気まずい空気の中にいた。

 リュドミラは無言の空間を気にしないタイプのようで、愛用の銃を手元に置いて、翠に出してもらったお菓子をボリボリと食べている。

 一方翠は、初対面のリュドミラと何を話せばいいかわからず、初めて見る銃に怯えながらココアを飲んでいる。しかしこのまま話さないわけにもいかず、勇気を出して声をかけた。

「あ、あの……」

「ん?」

「その銃って……」

「ああ、これか?カッコいいだろう。元はモデルガンだったんだが、護身用に改造して、実弾を撃てるようにした」

「護身用……?」

「昔、ちょっと大変な目に合ってな。それから持ち歩くようにしてんだ。仕事にも使えるしな」

「し、仕事ってそれどんなお仕事なんです……?」

「依と一緒だ。簡単に言えば、上からのお達しがきたら厄介者成敗をする。まー、現世の警察っていうのと似てるかもしれん」

 その仕事に銃が果たして必要なのか翠には想像がつかなかった。現在、翠のリュドミラへの信頼は『依さんと先生の知り合い』というところで首の皮一枚繋がっている。

「そういえば、あんたも虚ろ街で働いてんだろう?」

「え、ええ。上巳茶屋ってとこで……」

「ああ、和巳さんの店か」

 リュドミラから上司の名が出るとは思わず、翠は少しうろたえた。

「ご存知なんですか?」

「もちろん。依と知り合った時に二人で行ってな。家帰ってから、アタシの言葉遣いで和巳さんが怒らないかヒヤヒヤしたって依が言ってた」

 翠はその光景をなんとなく想像できた。和巳はユーモアのある相手を好むが、単なる無礼者は嫌う質だ。依もそれをわかっていて肝が冷えたのだろう。しかし、リュドミラの口ぶりからして和巳には気に入られたのだと推測した。

 そこで翠はある事に気付いた。

「依さんとリュドミラさんはお互いのおうち行くくらい仲良しなんですね」

 家に帰ってから依に何かを言われた、という事はどちらかがどちらかの家に訪れた、と翠は解釈したのだが。

「お互いのお家が同じ場所だからな」

「え?」

 目を丸くする翠を見て、キュッと口角が上がるリュドミラ。

「知らなかったか、同居してるの。まあ同居といっても依の家にアタシが転がり込んだだけなんだけどな」

 寡黙かもくで表情の変化も分かりにくい依に家がある事にも驚きだが(家を持たずに生活する妖怪が、虚ろ街には大勢いる。彼らが夜を過ごすのは大抵居酒屋だ)、ましてや同居人までいたとは……、と翠は度重なる衝撃を受けた。

(依さん、少ししたら先生達と戻ってくるって言ってたけど、その時色々聞いてみようかしら)

 一人決意する翠であった。

閲覧ありがとうございました!

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