三通目 憎くて愛しい
新しい登場人物
・依
虚ろ街で虚御所の下、諜報活動を主に活動している。暮相芳乃とは昔の事件で知り合い、今現在も親交がある。刀と弓を武器に戦う。整った顔立ちで長身。
・虚御所の姫
虚ろ街を治める虚御所の姫。昔に依を使用人として雇っていた。現在は虚御所にこもっているらしい。
・???(吸血鬼)
依の友人であるという吸血鬼。日本妖怪しかいない虚ろ街になぜか住んでいるという。
春の陽気がぽかぽかと閑古庵の茄子紺の瓦屋根を包む。和やかなお昼だ。
お湯の湧いた音、そしてチリンチリンと小気味良い鈴の音がなった。鈴は虚ろ街からの客の合図だ。
本来、虚ろ街から閑古庵へ入るときは閑古庵の廊下の奥の扉から入ることになる。しかし虚ろ街に存在する閑古庵への扉は術式がかけられており、閑古庵へは来客用の(現世に存在する閑古庵の)扉から入るようになっている。
つまり、閑古庵の店主、暮相芳乃の前に虚ろ街からの客が来たということである。
「いらっしゃい…… おや、君か。久しぶりだねぇ」
「ええ、こんにちは。お久しぶりです、芳乃さん」
髪を少し揺らし、彼女は無表情で挨拶をする。
顔周りに長さを残した色素の薄いショートカットの髪、薄柳色の目、黒い着物に蘇芳色の袴を着ており、足元は同じく蘇芳色のブーツが見える。仏頂面ではあるが、かなりの美人だ。手土産を持っているようだ。
「どうぞ入って。どうしたんだい突然?最近音沙汰も無かったけど」
暮相はお湯を急須に入れながら彼女を店に入るよう促す。
「急用で来たんです」
お邪魔します、と言うと彼女は慣れた様子でカウンター席に向かった。
「というと?」
暮相が急須をくるくる回しながら問う。
「あなたの命が狙われています」
彼女は呑気な暮相に冷水のような言葉を浴びせた。
「……」
「……」
「せっかくお茶淹れたし、まあ、座りなさいな」
彼女の名前は依といった。暮相とは過去の事件で知り合い、今でも度々助け合う仲である。虚御所の下、諜報活動を主にしており、虚ろ街の不当な悪事を企む妖怪達を退治し、捕まえ、治安を守るためにも動いている。
依が急用とは言いながらも持ってきた、手土産の水羊羹とお茶を飲みながら二人は話し始める。
「私の命が狙われているって、一体誰に?」
「名前はわかりませんが、翠ちゃんより少し幼いくらいの女の子です。長い黒髪と派手な着物……なにか心当たりはありますか」
暮相は腕を組んで考え込む。しかし思い当たる節はない。
「うーん…… ほかには?」
「私が禍災百鬼夜行を討伐したことを知っていました」
依が言っている禍災百鬼夜行とは、虚ろ街をうろつく厄介な妖怪の集団だ。自分が楽しければそれで良いと自己中心的な考えをもち、ところ構わず騒ぐため、虚ろ街の住民にも嫌われている。依が討伐したという事は、最近おいたが過ぎたのだろう。
そこで暮相が依の口振りに一つ気付く。
「……もしかして直接会ったのかい?」
暮相がそっと聞くと依は平然と表情を変えずに答えた。
「ええ。昨晩、背後から声をかけられて」
「接触してきたのか……。ま、まあ無事で良かった。そんな簡単に君がやられる事はないと思ってたけどね」
「それと」
依はいつも変わらない表情から、眉を少し寄せた。そして意を決したように言った。
「私と姫様の事も……」
暮相は目を見開いた。
「なんだって?」
姫様というのは虚御所の姫の事である。依は昔、この姫につく使用人であったが、とある事件をきっかけに姫のもとを離れた。それは混乱を招かぬよう虚ろ街の住民には公開されず、内部者のみぞ知る事件となった。
その事件を知っているという事は、只者ではない。
「あの事件をどうやって調べたかは分かりません。ただ、あの女の子が芳乃さんを狙っていて、そのために虚ろ街の権力者や腕っぷしの強い妖怪たちに声をかけているという事は確かです」
「君の弱みを握ってでも私を捕まえたいのかな。そんな熱狂的なファンがつく覚えはないけど」
依は暮相の軽口を無視して思い出したように言った。
「……彼女、姫様の事を口に出しはしましたが、協力するよう脅すことはせずに去っていきました」
「弱みを握ってする事って言ったらからかうか脅すかじゃないか。目的が不明瞭すぎるなぁ。……ところで依」
また暮相も思い出したように言った。
「なんでしょう」
「命を狙われている真っ最中にね、私は出掛けないといけない」
暮相はまた腕を組み、嫌そうに呟いた。
「……!」
「そう、この時期、というか明後日に虚ろ街各担当者会議があるんだよ。私は現世と虚ろ街を繋いでいる閑古庵を経営してるだろ?だから、現世往還担当の一人として出席しなければならない」
暮相は虚ろ街における所謂『偉い人』ではないが、現世と虚ろ街の境界で活動する以上出席しろと言われている。
「確か会議の始まる時間は昼頃でしたね。それなら、私達が護衛します」
「私達?」
「会議の日の昼は私は外せない用事があるので、友人に護衛させます。信頼できる吸血鬼ですよ。帰りは夜が多いですから、その時は私が護衛します」
暮相は日本妖怪の住まう虚ろ街に、西洋妖怪の吸血鬼が居ることに疑問を感じたが、護衛してもらう以上突っ込んだ事を聞くのは失礼だと考え、聞くのをやめた。
「ご友人にも協力してもらっちゃって申し訳ない。でもありがとう」
「いいんです。これ以上に芳乃さんには助けてもらってますから」
依が少し口角を上げて微笑む。
依は仕事があるから、と立ち上がった。暮相は依を見送ってから階段を上がって自分の部屋へ行き、今まで受けた依頼が記録されている冊子を取り出した。ニ、三冊ほどをぺらぺらと捲り、やがて閉じた。
自分の命を狙う相手は、今まで退治してきた妖怪なのか。それとも、また違った縁をもつ者なのか。
暮相はただ一人考え込み始めた。
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