二通目 時を経て 八
また新しい事が判明したり、しなかったり。
暮相は手中の簪の顔(?)を、目を輝かせる篠目の方に向けてやった。
すると木製の手足で身振り手振りを加えながら喋り始める。それに楽しそうに反応する篠目は興奮のあまりか、隠していた尻尾をブンブンと振り回しながら会話をしている。
「いやー、ほんとここまで来るのに長かったですねぇ。もう目的を忘れそうなほど彷徨いましたよ!拾ってくれたのがあの子で良かったですよー、あとお兄さんも話を聞いてくれてありがとうございますねぇ」
尻尾を振りながら篠目が応える。
「目的?お前、どっか行きたいとこあんのか?」
「そもそも何かに執念深くなきゃ付喪神にはならないよ」
暮相はそう言いながら、簪を篠目に手渡し、座ったまま伸びをした。
そう、そもそも大抵の場合、付喪神は、命を持たない物が長く存在するか、深く強い思いが芽生えるかして生まれるものだ。翠の手に渡ったこの紅葉の一本簪は後者であった。
「それで、行きたいところって何処です?さっきの、いろんな所を彷徨っていた、と言ってたのも気になりますね」
「いや〜それがねぇ、行きたい所の住所を知らないんですねぇ〜。というのも私、簪でございますでしょ?娘さんの頭にずっと挿されている状態でいたもんですから、情報源は耳と、位置が位置なだけに上しか見ることのできない目だけでしてねぇ、正確な地名とかわからないんですよねぇ」
簪は篠目の手の中で木製の手を組み、目を閉じて唸った。
「えぇ!?じゃあ現世か異界かもわからねぇってことか!?お前それなんてご当地写真クイズだよ!!?どーすんだよ暮相!」
「うーん、とりあえず覚えてるだけの情報を教えていただけませんか。付喪神として意思が芽生える前の記憶もあるんでしょう?」
「いや〜長くなりますよ〜。なんてったって覚えてる限りでも春を五十回は数えてますからねぇ!」
そう簪は自慢げに言い、暮相は固まった。
簪が言ったのは、春を五十回以上巡った、つまり五十年以上前に簪の話は遡るのだ。
しかし、話を聞かないわけにもいくまい。
暮相は二つの意味で冷や汗を流した。そして頭を抱えながら、簪に言った。
「なるべく端的に、お話し願えますか……」
まず私はね、まだ子どもの女の子、あなたのお弟子さんくらいの子のね、御髪に挿されてたんですよ。
どうやらね、その子の家は団子屋さんを営んでいるようでね、いつも耳にはお団子がどうの、お茶がどうのなんて話が入ってくるわけです。
まあ十代後半くらいの子ですから、お店の手伝いをするんです。その時、私はいつもあの娘の頭に挿さってましたねぇ。
先程も言ったように位置が位置ですから、あの娘の背丈より上しか見られませんでしたがね、愛想の良い可愛い娘だったんでしょう。そんな娘が付けていたら、よく見たら安物だと分かる一本簪だってそれなりの値段に見えたんでしょうねぇ…… 。
ある日、私はあの娘の手元から離されてしまいました。風呂敷の中、私は気付きました。
私は盗まれてしまっていたのですねぇ…… 。
昨晩、あの娘の髪を離れ、また翌日あの娘の髪にいるんだと思ったら、翌日私に触るのは汚れたいかつい男の手でした。そしてハッキリと聞こえたのですねぇ、『塗装も剥げて売れたもんじゃねえ』という吐き出すような呟きが。そしてその瞬間に捨てられました。落ち葉とつめたい土の上、思い出すと悲しくなりますねぇ…… 。
それからは長らくそのままでした。そこでいくつもの季節を過ごしました。
しかし、私を大事にしてくれるあの娘のもとへ帰りたいと、私は強く願い続けました。おそらく、ここから付喪神としての力がつき始めたのでしょう。いつの間にか生えた私の手足は今より太く頑丈で、十分に一人でも歩けました。
しかし帰る方向がわからない。そこでね、付喪神の勘か、山の方に力ある者の存在を感じまして、山へ歩き始めました。そこでね、不思議な人にあったんですねぇ。
昔も私の目はなぜか不便な位置にありまして、その人の顔は全く見えなかったんですが、声からして女性だったと思うんですねぇ。彼女が私を拾い上げ、綺麗に拭いてくれて、こう言ったんですね。『諦めるなよ。私はお前を道具屋に売ってやる。そこにはお前を買う者がいる。そいつはお前の望みを叶えるために尽力してくれるお人好しさ。まあ、買われるのが何年後かは知らんが』と。
私は藁にもすがる思いでした。だから彼女の言葉を信じて、彼女に私を道具屋に売ってもらったのです。
そこからは、あなたのお弟子さんが私を買い、今に至るというわけです!
どうです?中々面白い人生…… いや、簪生でしょう!
「…… なるほど、ありがとうございました。想像以上に大変な苦労をなさってたんですね」
「そこらの付喪神だってこんな苦労話もってねぇぜ…… 」
「おや、そうですかね?」
「……… 」
「なあ、暮相??なんか腑に落ちねぇって顔してっけど、大丈夫か??」
「……あなたは虚ろ街の道具屋にいましたよね」
「そうですねぇ。付喪神なのがバレるかヒヤヒヤしましたねぇ」
「でも虚ろ街に団子屋はないんですよ。だからあなたはきっと現世から虚ろ街へ移動してきたはずなんです」
「それがどうかしたか??」
「…… いや、その女性の事が少し気になっただけだよ 」
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