二通目 時を経て 七
七話です。今回は少し長めです。
暮相は簪を持ち、篠目を一階に待たせ、二階に上がって、自分の部屋に入った。簪に宿っているであろう付喪神に一時的に妖力を与え、会話ができる状態にするためだ。
「えーと、この辺に前作った札があったと思うんだけど……」
暮相は自分の部屋の箪笥の、小さな引き出しを引っ掻き回した。
簪のような小物ならば、難しい手順を踏まなくとも直に触れて妖力を移すだけで、容易に力をつける。つまり、会話も、付喪神自身の体で動くことすら可能なのだ。
しかし、付喪神に妖力を移しっぱなしというのも都合が悪い。そこで、妖力を多く溜められる紙札を使い、付喪神に貼り付け、用が済んだら剥がすという方法で、暮相は簪に妖力を移そうとしているのである。
「ん〜……あっ、あったあった」
暮相はやっとのことで溜札の束を取り出した。大中小と様々な大きさの中から一番小さい札を選び、他の札の束をしまう。一番小さい札を掌の間にはさみ、妖力を札へ送るよう念じる。すると、札が徐々に淡い光を放ち、暮相の指の隙間から青白い光が漏れる。その光は薄暗い暮相の部屋をほのかに照らし、そして、また徐々に光は薄まり、最後にすっと消えた。
「このくらいでいいかな」
合わせていた手を開き、淡く光る札を少し眺める。あの小さい付喪神にはこれくらいの妖力で充分だろう。
「あとはこれを簪に貼り付けて……。目が覚めるにはしばらくかかるかな」
暮相は小さな札を貼り付けた簪を手に、篠目の待つ一階へ降りた。
たんたんたん、と簪を手に階段を降り、カウンターのほうを見ると、 子蜘蛛達がいなくなったカウンターに突っ伏して居眠りしている篠目が目にはいった。
暮相は彼がこの短時間でひとしきり騒いだ直後に眠れる事に呆れながらも羽織りを脱ぎ、篠目に掛けてやった後カウンターの向かいの席に座った。
簪をカウンターの上に置く。どうやらまだ目を覚ましていないようだ。
暮相は腕を組んで目を瞑り、考え込む。なんとも不思議な簪が手に入ったものだ。翠には悪いが、このまま放っておくにも気味が悪いし、しばらくこちらで簪の様子を見ておくしかない。おそらくこの簪は付喪神で間違いないだろう。しかし、妙なタイミングで妖気を出す理由が気になる。
暮相はなにか、簪が伝えたい事があって妖気で合図のようなものを出していると踏んだが、実際はまだわからない。もしかしたら、無害なふりをしているだけかもしれないし、その可能性だって充分にあるのだ。
カタッ
乾いた音がした。暮相は思わず音がしたほうを見た。
そこには、簪が横たわった状態から水平に浮いていた。いや、よく見ればそれは細い四本足で支えられていた。
簪のちょうど真ん中あたりから、細い足が枝分かれするように四本生えていて、枝先はさらに細い五本の枝先に分かれていた。
そろりそろりと細い足が動く。飾りが暮相のほうに向く。
暮相が観察するようにじっと見つめていると、突然、簪と目があった。
そう、目があったのだ。それは簪の飾り側、手であろう枝の上に、一つだけ在った。
暮相のほうを目の端まで使って見つけている。するとまたも突然、声が聞こえた。
「あの〜…… この体勢だと目ェ辛いんですよね……。手に持ってくれませんかね?」
暮相は何も言わず手足を避けるように簪を手に持ち、真正面から見つめた。
「あ〜ありがとうございますね。妖力まで分けてもらっちゃってね。お陰様でご覧の通り元気ですよ。もぉ〜いろんなとこ彷徨ってたら突然妖力尽きちゃってね、目的地にも着かないしど〜したもんかとね、そしたらあの子があんたんとこ連れてきてくれてね、助かりましたよ〜。あれ?お兄さん?どうしたんです?」
「い、いや、寝起き状態でよく喋るなぁと思いまして……」
「そうでしょぉ〜、もうね、ずいぶん前にも仲間におんなじこと言われたもんですよ。『お前は簪なのに口から生まれたように喋るな』ってね、そのうち『お前は喋り過ぎで力を失うんじゃないか』なんて言われるようになっちゃいましてね、まあ結局喋り過ぎじゃなくて動き過ぎで妖力失っちゃったみたいですけどね、アッハッハッハ」
「あ、あはは、そうですか……。じゃなくて!あなた、やっぱり付喪神ですね!」
暮相が、簪の話に入る隙がなく思わず大きめの声を出してしまったことも気にせず、簪は元気に答える。
「そうですね!気付いたときには付喪神になってて当時はびっくりしたもんですよ。でもね、やっぱ付喪神になる前の記憶もあるにはあるんですよね、妖怪って不思議なんですねぇ」
「んん……ん??……か、か、かんざしが……喋ってる!?すっげぇ!どっから声出してんだ!?」
「あれ!さっきまで寝てたお兄さんですねぇ!そういえば私はどこから声を出しているんでしょうねぇ、見えないところに口でもあるんですかね!」
暮相の大声により起きてしまった篠目が簪と会話を始めた。起き抜けハイテンションで盛り上がる二人を若干疲れた表情で眺める暮相。
暮相は簪の目を篠目のほうに向けながら、これはまた大変そうだ、と一人頭を抱えた。
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