二通目 時を経て 四
時を経て 三話です。
以下、新登場人物
・和巳
虚ろ街の大通りで「上巳茶屋」という茶屋を営んでいる。上巳茶屋は昼は茶屋だが、夜は道具屋として、対妖怪道具を売っている。
送り提灯に案内され十分弱。暮相芳乃は上巳茶屋の前に到着した。
「案内ありがとう。帰りもお願いしていいかい?」
光をぼんやりと発する提灯がうなずくように上下にふわふわと動き、そして消えた。
暮相は消えた提灯から振り向き、上巳茶屋の看板を見上げながら声をかけた。
「和巳、翠のことで……いや、翠の簪のことで相談だ。あと道具も買うから入れてくれないか」
数秒間を置いた後、茶屋の戸が開いた。
「入りな」
戸の隙間から顔を覗かせた和巳がそれだけ言って店の奥に戻っていった。追うように暮相も店の奥に入った。
和巳が経営する上巳茶屋は表は茶屋、裏では対妖怪道具を売る道具屋だ。暮相はここで大体の道具を揃え、依頼に挑んでいる。ちなみに、翠はこの上巳茶屋で働いているにも関わらず、裏の顔は知らないようだ。
暮相はさっさと歩いていく和巳の後を付いていき、ある部屋にたどり着いた。六畳程の大きさの部屋に棚が二つと、その間に収まる道具達。棚に入りきらず床に平積みされている書物や道具もある。しかし人が座るスペースは確保され、座布団が配置されている。
先を行く和巳は優雅な仕草で奥の座布団に座り、暮相も扉の手前側の座布団に座った。そして暮相は和巳に話しかけた。
「夜遅くにすまないね。まあ起きてるってわかってたけど」
和巳に申し訳程度の謝罪の言葉を述べると、すかさず言葉が返ってきた。
「アンタが心からすまないと思っていない事もわかってるわよ。そんで、翠の一本簪がどうしたって?」
「話が早くて助かる。実はね、どうやらあの簪は曰く付きなんだ。おそらく付喪神が憑いている。翠が簪を付けて働いているだろ?無害だとは思うけど一応監視してほしくてね」
今夜上巳茶屋を訪れた最大の理由である、簪についての頼み事を切り出すと、和巳は目を伏せて面倒くさそうにため息をついた。
「アタシがそんなに面倒見が良さそうに見えてんのかねェ。まあでも引き受けてやらないでも無いよ、アンタの謝罪次第だけどねェ」
「何かやったっけ?」
「しらばっくれんじゃないよ。アンタこの前、阿呆タヌキ連れて店に来たと思ったら、目ェ離して阿呆タヌキが他の客にイタズラ仕掛けたんだよ!!」
阿呆タヌキとは篠目の事である。和巳の言葉通り、以前上巳茶屋へ行った際、篠目が他の客にいたずらをした。幸い、その客は篠目の友人(友妖怪?)であり、大事にはならずに済んだのである。
「あぁ、あれか。あれは私の不注意だったねぇ。篠目にはちゃんと言い聞かせたよ。ごめんよ」
「……」
「なんだい?」
暮相が飄々とした態度で全く反省の色が見られないのは、感情が顔に出にくい質であるからと信じたい和巳である。しかし、過去に色々あった時、暮相が仲介してくれた過去もあり、和巳の実は妙に義理堅いところがここで出てしまうのである。
「……アタシが納得いかない分は翠の働きで返してもらおうかね。そんで、監視なんて何してればいいんだい、常に見張っておくなんて忙しくて出来ないよ」
「まあ、監視と言っても簪が異常に妖気を発したり、翠の様子がおかしかったらすぐに簪を取り上げて私に連絡してくれれば良いよ」
和巳は開店時は店の裏にこもっているとはいえ、表に出ない分、事務作業が多い。その事を考えると、中々難しいのでは……と思案する。
「開店中にそんな早く動ければ良いけどねェ」
「あくまで監視は保険みたいなものだよ。……まあこの話はこんなとこで、最初に言ったように道具も買いに来たんだ。空札を一束下さいな」
暮相は懐から財布をだし、値段分の料金を和巳に渡す。
「あいよ」
空札とは、護符や祓い札を作るための何も書かれていない札である。
和巳は近くの箪笥から取った空札を暮相に渡す。傍から見れば、その一連の動作はお互い慣れているようで、暮相が道具屋としての上巳茶屋の常連であることがうかがい知れるだろう。
空札を買い、相談も終わった暮相は立ち上がり、上巳茶屋の玄関へ向かう。和巳も数歩後を歩いて見送りに行く。
「ありがとう。じゃ、話も終わったし物も買ったし、私は帰るよ。夜遅くにすまなかったね」
「何言ってんだい。夜は怪異の世界さ。気をつけて帰りな」
「ああ」
暮相は茶屋の玄関で和巳に一言おやすみ、と言うと後ろ手に扉を閉め、送り提灯を呼んだ。暮相が出てくるまで待機していた送り提灯は、暮相が呼ぶとすぐに反応し、帰り道の案内を始めた。そして暮相を目的地の閑古庵へ通じる扉まで送り、暮相が扉に入ったのを見届けると、ぼうっと少し長く光り、消えた。
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