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閑古庵のお便り  作者: 稲生 萃
二通目 時を経て
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二通目 時を経て 三

時を経て 三話となります。

日常が変わる準備回。

 太陽が空の真上にふんぞり返って働いたりだらけたりな妖怪共を照らす。

 虚ろ街大通りに沿って立ち並ぶ店の数々。そんな店並木のある茶屋で、制服である軽めの着物にたすき掛けをして働く翠の姿があった。いつもの翠と違うのは、髪が例の簪でまとめられているところだ。いつもなら、自分のためとはいえアルバイトは少し億劫になるが、今日は機嫌も調子も良く働いている。なんせ暮相を朝早くに叩き起こしてまで簪をつけてもらったのだ。ついでに結い方も教えてもらった。

 絶好調で働く翠にお昼休憩の声がかかった。朝の開店時間から働いていたから大分動いていたことになる。

 流石に少し疲れた様子で昼休憩に入り、裏でお昼ご飯を食べる。翠の他にも昼ご飯を食べている妖怪従業員が1人と、店主・和巳かずみがそこにいた。

「翠、あんた珍しくおめかしして来たと思ったら、いつもより張り切って働くじゃないか」

 和巳は翠の簪に気付き、一番に声を掛けてくれた者だった。

 和巳は絡新婦じょろうぐもで普段は美しい人間の女性に化けている。その美しい姿を茶屋の奥に隠しているのは勿体無いと自分でも思っているらしく、度々店の表に顔を出し、店主自ら客寄せを始めることもある。しかしどんな目的があろうと、上品な美しさを纏った美女がいたらついつい目で追ってしまうのは妖怪も人間も同じ。たちまち客が集まり茶屋は大繁盛なわけである。

「こりゃアタシに次ぐ看板娘候補入も果たせるかもねェ」

「えぇ!?和巳さんて店主じゃなくて看板娘だったんですか!?」

「失礼だね。店主兼看板娘だよ!それとも年増だって言いたいのかい?」

「いえいえそんなことは微塵も……!」

 最近は看板娘として客寄せをしていないためか、店の裏でよく姿を見る。

「そんで、その簪、どうしたんだい?アンタはてっきり髪飾りに興味なんてないと思ってたよ」

 少し冷めた茶を啜りながら、それでも艶やかに和巳が問いかけた。

「確かに髪飾りなんて買う柄でも無いんですけど、昨日バイト帰りになんとなく目について、その店のご主人も安く売ってくれると言うから買っちゃいました。でも自分でまだ上手く結えなくて、先生に色々教えてもらってるんです」

 翠は普段の自分ではしない行動ゆえに多少はにかみながら言った。

 すると、和巳が何か腑に落ちない様子で呟いた。

「ヘェ、あの芳乃が女子の髪を結えるもんかね。で、その簪は、店の主人が安く売ったって事はわけあり商品ってことかねェ」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ……。今の今までは何も起きてませんし、古くて壊れやすいからって安くしてもらえたんです」

「古い、ねェ……」

 やはり腑に落ちない様子で和巳が呟いたとき、翠の昼休憩が終わった。翠は僅かに残っているお弁当を急いで食べ、諸々支度を終わらせ職場に戻った。そしていつもより機嫌良さそうに本日の仕事を終えたのだった。



 いつも通りに来ない客を待って、遊びに来た篠目の相手をして、商売道具の手入れをして一日の大半が終わった。

 アルバイトから帰ってきた翠が風呂を終え、寝静まった頃。

「妖気が戻ってる……?」

 おそらく、翠が風呂に入る時に外してそのまま洗面台に置かれたであろう一本簪が、洗面所を通りかかった暮相の目に入った。そしてなぜか昨日祓ったはずの妖気が戻っているのだ。

「曰く付きか……。昨日は軽く祓ったら一時的にいなくなったし、人間の霊ではないな」

 暮相は簪を手に取る。簪はただ薄く妖気を放つだけである。念のため、もう一度簡易的なお祓いをすると、弱々しく妖気は消えた。

「翠も触れていたが怪我なし。使用者や触れた者に危害が及ぶわけでもない。そして道具であるという事。おそらく付喪神の類だな。でももし翠の仕事先で暴れても厄介だしなぁ……」

 と、今から虚ろ街へ出向く手間ともしもの事を天秤にかけて考える。

「まあ、もしもの時のために準備をしておいて損はないかな。翠を起こさないように出掛けなきゃ」

 暮相はまず今着ている着物の上に一枚紺色の上着を羽織った。

「相談ついでに色々買っていくかな」

 最後に財布を持ち、閑古庵の住居区画の廊下の奥の奥、不自然な位置にある木戸の前で一旦止まる。

 暮相は音を立てないようそっと戸を開き、閑古庵から出てそっと戸を閉じた。


 広がるのは夜の闇。後ろを振り向けば人一人が住める程度の大きさの家と先程閑古庵から出てきた時の木戸。虚ろ街の大通りに繋がる大橋を渡った少し先に存在する暮相の仮拠点といったところだ。

 暮相の目では前後左右暗闇ではまともに歩けもしない。虚ろ街は妖怪が住みつく街故、街灯は無くて当たり前位の心持ちが必要である。しかしこれでは夜目が効かない妖怪達も困ってしまう。

 そこで。暮相は虚空に向かって話しかけるように言った。

「送り提灯、案内を頼む。上巳茶屋まで」

 しばらく待つ。

 カッ……カッ……カッ……

「送り拍子木、申し訳ないが君ではない。火は起こってないよ。送り提灯を呼んでくれ」

 また、カッ……カッ……カッ……と遠ざかる音が聞こえ、次に現れたのは暮相の胸あたりの高さで浮かび上がる提灯の明かりであった。

「上巳茶屋まで案内を頼む」

 暮相が声をかけると、送り提灯はついて来いと言わんばかりに消えては少し遠いところで道を照らし、暮相の案内を始めた。



閲覧ありがとうございました!

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