一通目 生きながら
事件の導入編になります。
秋の閑古庵。
木漏れ日が柔らかく茄子紺の瓦屋根に垂れ、落ちる紅葉と共に時間が流れる。時間の流れと共に、少女が紅葉のような手にお便りを持ってやってくる。曰く付きのお便りを。
***
一
あたしは背伸びする勢いで建物の上の看板をよ〜く見た。
「…かんこ…あん…でいいのよね…。ここで合ってるよね」
自分に言い聞かせるように呟く。
閑古庵とは、この前団子屋の前で狩人のおじさんが言ってたお店だ。その狩人のおじさんによると、山の麓に一軒家がひっそり佇んでいて、看板には『閑古庵』と書かれていると。そして主人はなんの商売か、店を営んでいると。
その話を聞いた当初は胡散臭いなぁ…なんて思っていたのに、ついに頼りにする日が来るとは思わなかった。なんたって、齢14のあたしにはもちろん、両親や先生まで折れる程不思議な事が起こったんだ。
あたしは不思議な事を解決するべく立ち上がった!そして狩人のおじさんに閑古庵の事を教えてもらって、自分でも調べて、やっとここに辿り着けた!(初めは場所すら曖昧で、狩人のおじさんの顔が引きつるくらい質問攻めにしたのよね)
いざ、閑古庵!!
引き戸を開けて!
「ごっ、ごめんくださぃ……」
人の気配が全くしなくて、なんだか尻すぼみになってしまった。
お店の中は、ガラスが幾つかはめ込まれていてそこから程よい日差しが入っていて、壁に本棚や暖房などがくっついていた。なんだかパッと見て生活感があって、人様のお家に勝手に入ったような感じだ。
「でもカウンターはあるし、やっぱお店だよね…。誰かいらっしゃいますかー?」
返事がいっこうに来ない…。もしかして、店主さんはお出掛け中なのかな。なら鍵くらい掛けていきなさいよだらしないわね…なんて小言を口に出そうとした時、
「誰かいらっしゃってますよ。準備してくださいよ。………眠いって言ったってなぁ……………私が相手しときますから早く整えて来て下さいよ」
カウンターの奥、階段の向こうから、やっと声が聞こえた。
***
「先生、起きてください。もう夕方の四時回ってるんですよ」
ここは閑古庵。現代に跋扈する数少ない不思議を解決する為、先生の先々代が起ち上げたお店だ。不思議というのは俗に言う妖怪やらお化けやら。そんな閑古庵に私の先生は住んでいる。ついでに私も住んでいる。
「やだ…。徹夜して働いたんだ…。その間に君はぐっすり…私はげっそり…」
「大丈夫大丈夫。げっそりしてないです、うぇいくあっぷ」
「見た目じゃなくてな…。君は本当に私の助手なのかい…?助手なら体調面くらい心配してくれよ」
「体調面なら心配してますよ。お昼ご飯も食べてないんだから、そろそろ起きてお夕飯だけでも食べて下さい」
「そう言われると心配されているような気になるけど…うーん…。…うん…おやすみ…」
「何がうん、ですか。何に納得したんですか」
先生は閑古庵の店主。私はその助手。二人で不思議を解決します。先生は、今はこんなだけど本気を出したら結構凄い人だ。どんな風に凄いかは…後々分かる時が来る。
「助手君、今日は休業日にしない?我ながら良い提案だと思うんだけど」
…来るはず…。
そんな間抜けな会話をしていたら、入り口の引き戸を開ける音と共に「…めん…く…だ……」と微かな声が聞こえた。
「どうやら休業は無理みたいですね。ほら起きて」
「うぅ〜ん…」
お客様が来ているというのにこの有り様だ。
「…誰かいらっしゃいますかー?」
先生は起きる気がなさそうだし、相手しなきゃかなぁ…。
「誰かいらっしゃってますよ。準備してくださいよ」
「眠いぃぃ」
「眠いって言ったってなぁ………。私が相手しときますから早く整えて来て下さいよ」
うんうん唸る先生を置いて、一階に降りる。カウンターから入り口の方を見ると、黒セーラー服に身を包んだ女の子が立っていた。
「あっ、こんにちは!」
「こんにちは。お待たせしてすみません。店主が体調不良なので、私が」
「全然構いません!!どうか!よろしくお願いします!!あたしこのままじゃ!」
「落ち着いてくださいな。まずお名前を伺っても?」
「はっ!すみませんあたしったら…。あたしは楠直美って言います。最近、身の回りで不思議な事が起こってて…。あたしの親友も何度も怪我しそうになったりしてて、怖くなって、そこで閑古庵の話を聞いて、やっとここまで来れたんです」
今すぐにでも要件を伝えたいらしく、次々と出てくる言葉に私は気圧されていた。私より2つか3つほど年下の子なのに随分しっかりしているらしい。しかし、話を聞くより先にお便りを渡してもらわねば。
「直美さんですね。そうでしたか。こんな辺鄙というか町から離れた所までお疲れ様でした。お茶をお持ちしますので、そこのカウンターの席に掛けて下さいな。あとお便りを持っていますね?カウンターに出して置いて下さいな」
「はい!ありがとうございます!」
さて、お茶の用意もしなきゃだけど、何より先生を起こさなきゃ。直美ちゃんのお便り、刺々しい雰囲気で危険な気がする。それに学生さんは日が落ちる前に帰してあげないと、こわーい妖怪達にとって喰われるかもしれないしね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
導入が長くなってしまいました。もちろん連載です。
読みにくい箇所や誤字脱字などありましたら、教えていただけたら幸いです。