夜の子供
子供の吸血鬼トトムは、眠っている人の血を吸いに夜中にやって来ます。
血を吸われた人は、なんだか元気がなくなってしまいます。
「なんて面白いんだろう」
人々のその様子にトトムは楽しくってしかたありません。毎夜毎夜、あちらの家、こちらの子供部屋と夜中にこっそり入り込んでは、美味しい血を吸っては人々の様子を覗いて笑っておりました。
ある夜、トトムは開いている窓を見つけて側へ寄ると、月を見ているねねという女の子に出会いました。こんな夜中に起きている子供なんて初めて見て、トトムはびっくりして窓の外から思わず声をかけてしまいました。
「子供が夜中に起きていてはいけないんだぞ」
「あなたも子供なのに起きていてもいいの?」
「僕は吸血鬼だからいいんだい」
トトムはベットの側にある、ぶら下げたびんの中の赤い血が、腕に刺した針を通って少しずつねねに流れ込んでいくのを見つけました。
血を吸うのが好きなトトムも、痛い注射はだいっ嫌いです。
トトムは、ねねがかわいそうになりました。
「また来てね」
2人はすっかり仲良くなって、トトムが帰る時にはねねは笑って手を振りました。
それから毎晩トトムは、ねねの所へ遊びに来るようになりました。
けれどもねねは、だんだん、だんだん、具合が悪くなっていきます。その様子にトトムは自分の事のように胸が痛みました。今までそんな痛みを感じた事が無かったトトムは最初、自分もねねと同じ病気になったのでは無いかとどきどきしましたが、他に悪いところも無いのでした。
トトムは陸地ができるずっと前から生きているかめに、ねねのことを相談しました。
「そういえば、ずうっと、ずうっと北の方に血を飲まなくてもよくなる『命の実』があるって聞いたことがあるなぁ」
しばらく考えた後、思い出したように年寄りのかめは教えてくれました。実際にはかめはとても年を取っていて、その返事を貰うのには随分長く時間が掛かりました。
「そうか、命の実があればねねは元気になるんだな。僕、行ってみよう」
けれども、そこはとてもとても遠いところでした。
ぱたぱた ぱたぱた
トトムの小さなこうもりの羽根は、付根が痛くなり、ところどころ破れてきます。
それでもまだ着きません。
ぱたぱた ぱたぱた
だんだん頭もぼうっとしてきて、何をしにどこへいくのかも分からなくなる頃、小さな花壇が見えてきました。そこには、色とりどりの花が咲いています。
「ここに命の実はあるかしら」
トトムが独り言をいうと、花達が返事をしました。
『あなたはだぁれ?』
「僕はトトム吸血鬼のトトムだよ。命の実を捜しに来たんだ」
『それならあるわ』
『でも、どうして命の実が必要なの?』
花達は一斉に喋るので、どの花が喋っているのか分からないので、トトムは右を向いたり左を向いたりしながら答えました。
「ねねにあげるんだよ。ねねは病気なんだ」
花達はざわざわと口々に喋り始めました。あまりに違う事を言っているので何を言っているのかトトムには分かりません。やがて花達のおしゃべりが止むと、また声を揃えてこう言いました。
『吸血鬼が欲しがるなんて、ヘンなの』
そして花の一つがみるみる花を散らして小さな実を付けました
『さあどうぞ。でもこの実は100年に1つしかならないからね』
トトムは実を取ると、すごくおなかが空いていることに気が付きました。そう言えば、飛び立ってから何にも食べてないし、飲んでいないのです。
「この実を食べてしまおうかな」
トトムは考えました。
「だめだめ」
「でも、一口だけなら・・・」
けれども、ねねの青白い顔が目に浮かびました。
命の実はとても小さく、一口で無くなってしまいそうです。
「だめだめ だめだめ」
トトムはそうっと実を抱えて、またもと来た道を引き返しました。
そしてまたずうっと、ずうっと飛び続け、ねねの所まで実を運んでいきました。
もうねねは、起き上がることもできません。
「ねね、これを食べて」
ねねに実を食べさせると、顔色がみるみる良くなっていきます。
けれども、トトムは疲れと空腹の余りその場で息絶えてしまいました。
ねねがはっきりと目を覚ました時には、朝の光が部屋に差し込みトトムの姿はどこにもありませんでした。
トトムの魂は昼間の間は明るいところを避けて、暗がりに漂っていましたが、夜には魂になって辺りをさまよっていると月が声をかけてきました。
『おまえさんとってもいい事をしたね。今夜は満月だから特別にごほうびをあげようね』
月の光が、きらきらきらと降ってきました。トトムの魂はふわりと地上に降り立ちました。
そしてトトムは小さな男の子になっていました。
もう血を吸わなくて良いのです。一人で夜をさまよう必要もありません。
トトムとねねは明るいお日様の下で、仲良く遊べるようになりました。
おしまい