第一話
「本当に何故リューク様はこのような方をお側におくのかしら? 」
……今日十回目。
「本当ですわ。この全てを飲み込むような真っ黒な髪と瞳、私怖くなってしまいます」
……十一回目。
今日は百回いくかな。
「少しはご自分の立場をお考えになればよろしいのでは? 」
……十二回目。
まだ朝だし、もしかしたら百回あるかも。
私は悪意のある言葉を聞き流しながらも、その回数だけはきちんと数えている。
もしも一日で百回いけば……ふふ、きっと楽しいことがおきるわ。
でも、いつもその希望は打ち壊される。
あの人に。
「うわ〜〜、こんなところに居たんですか? さあ、あちらに行きましょう! 」
そう言って悪意のある言葉や視線から私を連れ出すのはいつだってこの人。
特に頼んだ覚えはないんだけど。
「ふう、ここまでくれば大丈夫ですね」
私の手を引き、目の前の彼は大きく息を吐く。
さっきのお嬢さんたちの姿はもう見えない。
この人はいつも私のことを助けようとしてくれる。
たぶんそれが仕事だから。
「ミルザ様……大丈夫ですか? 」
心配そうにそう問いかけてくるその表情は本当に私を心配しているように見える。
どうしてそこまでしてくれるのかな。
「大丈夫よ」
私は素っ気なくそう返した。
この人が悪い訳ではないけれど、私は好きでここに……リュークさんの側にいる訳ではないのだ。
父に頼まれてしょうがなくいるのだ。
私の素っ気ない答えにも目の前のジェイドさんは顔色は変えない、いつもと同じ穏やかな表情。
この人は怒ることがないのかな?
私はこの国に父に頼まれて来ている。
父がこの国の王に頼まれて私を派遣した訳だ。
そして私は王子であるリュークさんの側にいる。
リュークさんは良からぬ輩に狙われている……実際何度か襲撃があったが、私の友人達の助けもありことなきを得ている。
ただ、リュークさんの側にいることに対して文句を言ってくる人達もいる。
……きっと馬鹿だ。
私の存在はあまり公には出来ないので、他国の王族に連なる令嬢が留学して来ているということになっているのだが、この国がそれなりに大きな国の為、他国の王族に連なる令嬢とはいえリュークさんの側にいることを面白く思わない貴族の令嬢達がうるさいのだ。
正直、このままだと遅かれ早かれ私はこの国を離れることになると思う。
いくらジェイドさんが頑張ってもジェイドさんは一人、対するお嬢さん達は……うん覚えられないくらい居るよね。
私はただ父に頼まれているだけ、だけどもしも一日に百回悪意をぶつけられたら好きにして良いと言われている。
今の所最高は一日八十六回、あれはおしかった。
もう少し我慢すれば良かったんだけど、友人達の方がキレてしまったのだ。
次のチャンスはいつになるかな?
「ミルザ様、本当にいつも申し訳ありません。本来であればあのようなもの達はあなたに近づくことさえ出来ないのに」
ジェイドさんが深く頭を下げている。
そんなに気にしなくて良いのに。
「別に気にしなくて良いですよ。ちょっと面倒なだけですから。それに直接私を害すことなど出来ないですからね」
私の言葉にジェイドさんは困った顔をしている。
まあ、直接は無理だけど言葉では攻撃してくるから悪意がカウントされているんだけどね。
最近はリュークさんにくっ付いている何処ぞの令嬢が面倒だ。
リューク様を解放してとか、リューク様がかわいそうとか面白いことを言ってくる。
むしろこっちが解放してほしいよ。
なんならちょっとは力がありそうだからあの子がリュークさんを守れば良いんじゃない?
おや、噂をすれば件の令嬢とリュークさん、それから他にもお付きの人たちがやって来た。
まあちょうど良いか、そろそろリュークさんのところに行こうと思っていたし。
私がそんなことを考えているとその一団が私に気が付いた。
「やあ、ミルザ嬢。こんなところに居たんだね」
リュークさんが声をかけてくる。
それに比べ他の人達は……主に女性陣はリュークさんに見えないように面白くない顔をしていた。
そんな顔してたら本当にブサイクになっちゃうよ?
「おはようございます、リューク様」
私はリュークさんにも簡潔に挨拶する。
何故かこれも令嬢達に不評だ。
長く話しても睨まれ、短くても睨まれ、どうすれば良いのか全くわからない。
なので結局はあまり関わりたくないから短くしている。
「リューク様、ミルザさんはそちらのジェイド様と一緒にいらっしゃるようですし、今日はご一緒しなくてもよろしいのではないですか? 」
また、あなたですか……。
例の令嬢、フローラさんがリュークさんの腕をとりそんなことを言っている。
正直この国の貴族の常識なんて詳しく知らないけど、未婚の女性がそんなに簡単に男性の腕をとって良いのかな?
リュークさんがさりげなくその手から抜けようとしているけど……おお、意外と力が強いのか抜け出せないでいる。
まあ、リュークさんは基本女性に優しいから無理やりは出来なさそうだ。
「フローラ様、ジェイド様は私を捜しに来てくれたんです。いつも困らせてごめんなさい、そして見つけてくれてありがとうございます」
私はみんなに聞こえるようにそう言った。
間違ったことは言っていない。