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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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ジルの丘 (2)

 マスカが寝込んでから数年間、病状は悪化していき、マスカは苦しんだ。

「ジャスクールを呼んで!」

 マスカはたびたびマッカラムに訴えた。

「あの人の、あの強い目の光を見たいの。あの人の目の光を見れば、少しは元気になれる。ジャスクールの目はいつも強い強い光を持っているの」

 マスカは夢見るようにそう言うのだった。

だが、マッカラムが父親のジャスクールにそれを伝えても、ジャスクールは腰を上げようともしなかった。

「あの病気についてはまだわかっていないことが多いのだ。領主のわたしにうつったら、どうなると思う? そんなことはできない。わたしはもうマスカには会わない」

 ジャスクールは黒くふさふさしたひげをなでながら、きっぱりとそう言いきった。


「マスカは、確かに頭のいい、美しい女だった。学校でもとびきり優秀で美しかった。私を助け、家来を使いこなし、私に有用な知恵を惜しみなくくれた。だがな。もう、そのお返しはしたのだ。マスカの望む部屋を作り、マスカの望む財産を与えた。何も不自由はさせた覚えはない。私の夫としての務めはもう果たしたのだ」

「でも、お父様。お母様は…」

「うるさい! 下がっておれ!」

 ジャスクールは息子の言うことなど聞く耳を持たなかった。鋭く冷たい黒い目でマッカラムをにらむと、家来にドアを閉めさせた。

 重く、厚く、大きなドアがマッカラムの目の前で、ドドドと大きい音を立てて閉まった。


 それから約三年の間、マスカは寝たきりで、だんだん死に近づいていた。三年目、マスカは急に弱り始めた。もう、しゃべる言葉も弱弱しく、よほどよく聞いていないとよくわからない。

「マ…、…、ラム…、ジャ……、クール、会い…い……」

 マッカラムにはわかっていた。この数年間、ジャスクールはまだ一度もマスカを見舞いに来たことがない。せめて扉の外にまで来て声でもかけてくれればいいものを、それさえなかったのだ。そして、その冷たいジャスクールが来てくれることをまだマスカは望んでいるのだ。


 マスカは眠っているように、意識がないことが多くなっていった。それでも、まだマッカラムに何か訴えようとしている。マッカラムはマスカの耳元でそっとささやいた。

「お母様、わかりましたか? さきほど、お父様がお見えになりましたよ。お母様は眠っていらしたけれど、やさしく手を取って、『元気になれ』とおっしゃいました」

 マッカラムはマスカが穏やかな気持ちになれるように、精一杯のうそをついた。大好きな夏みかんももう食べられず、しぼった汁を少しなめるくらい。もちろんクルメルが買って来たものだったが、

「これは、お父様がお母様にと買っていらしたのです。さきほどご自分でこの部屋に持って来られました」

 やさしくマスカの耳元でそうささやいた。マスカにはその言葉がわかっているようだった。眠るようにしていても、おだやかに微笑むようになり、

「う…、…しい。ジャ……」

 言葉にならないような声を出して、そしてある日眠るように死の国へと旅立って行った。

 マッカラムは泣いた。


 ジャスクールはマスカが亡くなったと聞いても「そうか」と一言言っただけだった。そして、おもしろそうにフッフと笑うと、ジャスクールが飼っているタカの鳥かごに向かって

「どら、何か弱い鳥でもつかまえに出るか」

 と話しかけ、そのそばで「は!」と答えた少年は、クルメルの息子、クッチマムだった。


 マッカラムは悲しくて泣いたのではない。くやしくて泣いたのだ。何を訴えても聞こうともしなかったジャスクール。いつのまにかジャスクールの部屋にいて、かいがいしくジャスクールの靴を磨いていたクッチマム。

『いいこと、マッカラム。クッチマムには何一つあげてはだめ。この館の物、ジャスクールの持っているもの。すべてはあなたの物になるのよ。クッチマムがジャスクールの息子だなんて、わかるものですか。ジャスクールの本当の息子はあなた一人。あなたがジャスクールのものすべてを受け継ぐのよ』というマスカの言葉がよみがえった。

 だが、どうしたらいいのか。ジャスクールの自分に対する愛情はひとかけらも感じられなかった。マスカの看病に心をくだいていた間に、さらにジャスクールとの間は離れてしまったように思えた。このままでは、クッチマムにいいようにされてしまう。


 そして、そんなマッカラムの心配を超えた、とんでもない事態が起こった。

 マスカが死んだその次の週に、隣町の領主の娘、ジャスミンを花嫁に迎えたのだ。ジャスミンの肌は透き通るように白く、薄い金色の巻き毛が輝くように肩で踊っていた。うすいピンクのレースのドレスがよく似合い、まるでこの世のものすべてをとろけさせてしまうかのような微笑みをふりまいた。

 この時、マッカラムは十八歳になろうとしており、ジャスミンとはたった三歳しか違わなかった。学校では気の合う女性の友達もいて、彼女のことも好きだったが、ジャスミンにはまた違う美しさがあった。そのジャスミンの優しさ、屈託のなさ、まっすぐに開かれたきれいな心がわかり、マッカラムを苦しめた。


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