表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロウ   作者: 辰野ぱふ
6/53

ジルの丘 (1)

 ジルムンドリド伯爵の所有地は、ジル駅の降り口から見渡すかぎりの広大な土地と、そこからもまだ見渡せない、果てしない広大な土地だ。

 駅の本当の名前はマッカラム・ジルムンドリドで、今のジルムンドリド家を取りまとめるマッカラム伯爵の名前そのものが付いている。

 駅からは小高い丘が見える。ここも本当はマッカラム・ジルムンドリドの丘という名前だけれど、もう、めんどうくさいから皆が「ジルの丘」と呼んでいた。

 これについて、マッカラム伯爵はおもしろくないと思っていた。

「だいたい、ただの『ジル』というのは、なにごとだ! 女みたいな名前だ! ゆるせない!」

と、ピリピリしていた。

屋敷の使用人や、マッカラム伯爵が経営する工場、農場の使用人がこんな風に呼ぶとにらみ付け、格下げにするか、雇止めにしてしまう。だから、だれもがびくびくして、マッカラム伯爵が見えない所でも、ちゃんと「マッカラム・ジルムンドリド駅」「マッカラム・ジルムンドリドの丘」と呼ぶように心がけていた。ふだんからちゃんとそう呼んでいないと、ふと「ジルの丘」などと言ってしまって、その時、たまたまだれか告げ口する人にでも聞かれたら、とんでもないことになるからだ。


マッカラム伯爵の父上、ジャスクール・ジルムンドリド伯爵が領主だったころには、「ジャスクール・ジルムンドリド駅」「ジャスクール・ジルムンドリドの丘」という名前だった。

だから、昔から「ジル駅」「ジルの丘」で通じていた場所だった。

一つ前のジャスクール伯爵は、略した名前の呼び方などちっとも気にしていなかったので、「ジル駅」「ジルの丘」でもちっともかまわなかった。だから、だれもがそう呼んでいて、皆言いなれていたし、とにかく短くて言いやすいから、皆、気に入ってもいた。


マッカラム伯爵は父上のジャスクール氏が生きていたころから、このことについて苦々しく思っていて、自分が領主になった時には厳しく取り締まろうと心に決めていたのだ。


マッカラム伯爵は父親のジャスクール伯爵が大嫌いだった。

優しく笑いかけてくれたことは一度もなく、いつも厳しく、叱られてばかり。その目は鋭く刺すようで、マッカラムは子どもの時から、いつもにらまれていた。


マッカラムは三人兄弟。だが、皆母親が違う。マッカラムの母親は、マスカ。

ジャャスクールとは同年代で、学校を一緒に卒業したクラスメイトだった。二男のクッチマムの母親はクルメル。ジャスクール伯爵の屋敷でメイドをしている人で、マスカより、十歳も若い。マスカが病気になって寝たきりになった時に、クルメルがすべて、マスカの身の回りの世話をしていた。そしてマスカが亡くなってしまってから、ジャスクールは隣駅の領主の娘で、クルメルよりさらに五歳若いジャスミンを妻に迎えた。

だからクルメルがちゃんとした奥さんだった時はなかった。ジャスミンが来てからも、クルメルはジャスミンをかいがいしく世話した。


マッカラムが小学校のになる頃から、マスカは病気がちになり、マッカラムが十歳になる頃には寝込むようになった。

この頃、マッカラムは熱い心を持った少年で、心の底からマスカが良くなることを願っていた。

マスカの病気は身体の中に身体を蝕んでいく細胞が増える病気で、この辺りでは治すすべはなかった。ただ病気が進まないように静かに寝ているしかなかった。

「お母様、おかげんはいかがですか? 何か食べたいものはありませんか?」

 マッカラムは学校から帰るとまずマスカのようすを見に行った。マスカはそれを待っていた。

「甘い夏みかんが食べたい。すっぱいのはだめ。甘くなかったら二つに切って、砂糖を加えてあまくした夏みかん…」

マスカは、マッカラムがいろいろ心配してくれるのがうれしくて、なんでも食べたいものを言った。まだこの頃は少しは食欲もあったのだ。


 だが、お使いに出るのは、メイドのクルメルだった。

「クルメル、甘い夏みかんを買って来て。すっぱいのはだめ。甘くなかったら二つに切って砂糖を加えて甘くして」

「はい、ぼっちゃま」

 クルメルは静かに頭を下げると、砂糖を加えなくても甘い夏みかんをさがしてきた。

 マッカラムは自分が買ってきたかのように、それをうれしそうにマスカの元に持って行った。

「お母様、甘い夏みかんが見つかりました」

「クルメルが買ってきたものはだめよ」

 マスカは何か持っていくと必ずそう確認する。

「だいじょうぶです。お母様。わたしが買ってきました」

 マッカラムはいつもニコリと笑ってうそをついた。マスカには良くなってもらいたかったけれど、自分でお使いにいくのはごめんだった。

「クルメルはね、ジャスクールに言い寄っているの。クッチマムという息子が生まれたからね。わたしは病気だし…。クルメルはいい気になっているのよ」

 そんなことはちっともなかった。クルメルはいつだって、だんなさま、奥様のいいように、精一杯つくしていただけだ。

 でも、マッカラムはそんなことは言わず。

「わかっております。お母様。お母様はご自分のご病気を治すことに集中してください。わたしはいつだって、お母様の食べたいものを探してまいります」

「いいこと、マッカラム。クッチマムには何一つあげてはだめ。この館の物、ジャスクールの持っているもの。すべてはあなたの物になるのよ。クッチマムがジャスクールの息子だなんて、わかるものですか。ジャスクールの本当の息子はあなた一人。あなたがジャスクールのものすべてを受け継ぐのよ」

 マスカは涙を流して、そんな風にマッカラムに言い

「わかっています。お母様」

 マッカラムは静かにマスカの手を取った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ