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クロウ   作者: 辰野ぱふ
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黒い人たち (2)

 最初に来たのは立派な馬車。それも四頭立てで、すばらしい毛並みの馬が引く馬車だった。

御者が降りて、ムーニーに道を尋ねた。

「ロミファ様のお屋敷はこの道で良かろうか?」

「はい。さようでございます」

 その時、ムーニーはまだロミファの名前を知らず、御者の言葉をはっきり聞き取れもしなかったはずなのだが、なぜかきっぱりとそう答えた。馬車はそこに向かっているのだと確信したのだ。

馬車の中から、甘い香りがただよってきて、白いレースのドレスが見えた。顔は見えなかったが細い女の人が乗っていた。女性は御者を呼び、何かを伝えたようだった。そしてムーニーの店の奥にある、一番高級な黄緑色のぶどうを買い占めていった。

 そのほかに黒の館を訪ねた人をいちいち見たわけではないけれど、みな、立派な馬車で身なりのきちんとした御者が馬を操っていた。

 ときどき機関車で来る人もいて、そういう人はお決まりのように、ムーニーのやおやで黒の館の場所を尋ねて行き、その何人かはムーニーの店の高級な果物を買って行ったのだった。


 ある日、またムーニーはルーズに聞いた。

「いつも、黒の館をお尋ねになる方たちは、どこからいらっしゃるのかしら?」

 ルーズは首をかしげた。これはわからないという意味だった。

「何をしにいらっしゃるのかしら?」

「み…こ…」

「み、こ?」

「あ」

 さっぱりわからなかった。


 でも、通りに住む人はみなこの不気味で不思議な人たちのことが気になっていたのだ。ムーニーは、仕立て屋のアキ、ジャスカのおかみのジューリとおしゃべりして、それぞれがそれぞれに得た情報を出し合って、いろいろなことが少しずつわかってきたのだった。

 たとえば、仕立て屋のアキの店のお得意さんも、黒い館に行った、ということだった。

「小間使いのキューザが、おしゃべりでね。だから、全部を信じるわけにもいかないけれど…」

と、アキはこっそりムーニーに伝えた。

「ロミファって、とても有名な火の巫女なんですって」

「ヒノミコって何?」

 と、ムーニーは聞いた。

「火を焚いて、占うんですって。未来のことや、家族のことや、いろいろロミファは火の中に見ることができるという話よ」

「なんで、そんな人が黒の館にいるの?」

「コンシクトの方でいつも紛争が起こっていたでしょ? 戦争になるといううわさだけれど…、人が争ったり人殺しが増えているそうで、あそこには住めなくなった人がいるのよ」

「でも、ルーズはあの屋敷はロミファのものだと言っていたけれど」

「ロミファのお父様のそのまたお父様のお父様か? が暑い季節に暮らしていた屋敷らしいの。あら、その母様だったかしら? とにかくその親戚すじの一族の別荘だったらしいの」

 また、黒い館に来る大臣が、ジャスカの店にも立ち寄ることになったそうで、ジューリがおもしろそうに言った。

「黒ディーゼル線の一番東端の駅、知ってる?」

「さあ」

 ちゃんと地理の時間に習ったはずだったが、花の名前と野菜の名前以外、ムーニーにはちっとも覚えられなかった。

「スコロバよ」

「ふうん」

「あら、スコロバの塔を知らないの?」

 そう言われると、有名な観光地として、人がよく訪ねる場所だとは聞いたことがあった。

「あのスコロバって、やっぱり人の名前なのよ。やっぱりコンシクト地方から来た人たちらしいわ。まあ、人はみなコンシクトの方から流れて来たようなものらしいけれど…。とにかくまだバルメコ地方に何もない時代にやって来て、大規模なタイル工場を始めた人。もちろん、代々、地主さんでもあるわ。

 その人の一族が、代々の大臣も勤めていてね、ロミファが火の中に見るものを守っていたから成功を収めたという話よ」

「それじゃあ、ロミファっていったいいくつなの? あたしと同じくらいじゃあないのかしら?」

「さあ…」

「ロミファが連れていた赤ん坊は、マミリと同じくらいだったよ」

「ロミファは子どものころから、占っているのよ。小さい時からいろいろ見える子どもだったそうよ」

 そう言われても、ムーニーには信じられなかった。でも、実際訪ねて来る人のみながみな立派な馬車を立てて、アキの家のお得意だったり、ジャスカのお得意になったりするのだったら、ロミファは何かはできるのかもしれなかった。

「そんな、金持ちになれるのだったら、あたしだって占って欲しいものだわ」

 と、ムーニーが言った。

「それが、だめなの。もう、新しいお客は取らないそうよ。だって、そうでしょ。もうロミファは商売なんかする必要はないのよ。それだけ当たる占いで、しかも今もその客が遠くから訪ねて来る。それって…、きっとロミファ自身が億万長者みたいになっているということじゃあないかしら」

 ジューリがうっとりと夢見るように言った。

「ロミファの娘って、どんな子なのかしら?」

 その頃は、みな、タイラの姿を見たことはなかったのだ。


 それが今はどうだろう。タイラは学校では一番の変わり者として、友達とていないし…。もしロミファが十分なお金を持っているのなら、新しいお手伝いさんを何人も雇えるのではないだろうか。立派な家庭教師を雇って、学校になど行く必要はないのではないだろうか。タイラが自分で買い物に来なくとも、家の手伝いをしなくとも済むのではないだろうか。

 黒の館は不気味だけれど、住んでいる人はもっとわけがわからない。タイラの姿を見るたびに、ムーニーはいつも思うのだった。

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