ジャスミン (1)
ジルムンドリド家の四男はジャスクと名付けられた。
ジャスミンは、
「これはジャスクールが天国から送ってくださった宝です。だからジャスクールの産まれ変わり。ジャスクールと名付けます!」
と言い張ったが、マッカラムはそれを許さなかった。
「まあ、マック何がお気に召さなくて?」
ジャスミンの中には燃えるような強い気力が育っているようで、今までより挑戦的になり、周りの者を困らせた。
「ホホホホ、マック、たまにはジャスクの顔を見に、ここにお寄りになってね」
と笑うかと思えば、
「おお。神様。ほんとうにありがとうございます! ジャスクの魂が引き継がれる。こんな幸せはございません!」
と涙を流しながら祈った。
いつも花のように美しく優しかった母の面影は消え、ジャストランドの心は痛んだ。
屋敷の中の者、皆がジャスミンに気をつかい、興奮せず、静かにジャスクに向かい合ってくれることを皆が祈った。
そのせいなのかどうか? ジャストランドは悪夢を見るようになった。
険しい岩山の道を上って行く夢で、やっと上ったと思うと目の前に岩の裂け目があり、その中はまるで溶鉱炉のように燃え盛っているのだ。その炎の中からうめき声が聞こえ、焼けただれた人影がゆらめくように見える。
その人影は真っ黒で、地べたを這ってその炎の中から出ようとしており、ジャストランドの方に首をもたげると、手を差し出し、かっと目を見開く。その目の中にも炎のような強い光があり、ジャストランドは金縛りにあったように動けなくなる。
息が詰まり、やっと息ができる! と思った瞬間に目が覚めるのだ。
目が覚めると、額に汗をかいており、のどがかわいている。目が覚めて良かったと思う。そして、なんだかゆううつな気分が心に詰まってしまったようになるのだ。
そんな中で、タイラが剣や鷹狩を習いに館までやって来てくれる日がいつも待ち遠しかった。
タイラが来る時はいつも気まぐれだった。
数日続けて来ることもあれば、数週間来ないこともある。そしていつも日没を気にして、ちゃんと機関車が走っているうちに自分の館に帰って行った。
ジャストランドはタイラに会うためにいつでも館にいて、タイラが思うままに習いたいことが習えるように用意しておけるように気を配った。
マッカラムがいる時には、剣や槍の使い方はジャストランドも一緒に習った。
マッカラムはのジャストランド中に芽生えているタイラへの気持ちを、うすうす感じ取っていた。そして、タイラを駅まで送り帰ってきたジャストランドに、
「おやおや、さぞかしさびしいだろうね」
と言ってみたり、
「いっそのこと、タイラをこの屋敷に迎えたらどうなんだ? そうすれば一緒にいられるだろ?」
とからかうように言ったりした。
ジャストランドが黙っていると、
「あんなじゃじゃ馬娘じゃあ、気が強くておまえにはうまく扱いきれないかもしれないな」
と鼻で笑った。
ジャストランドの中では実際、タイラとずっと一緒にいたいという気持ちが大きく育っていた。だが、自分からどのように接したらいいのかもわからない。
タイラと一緒に何かをしている時は、いつでもそのことに集中できるし、なにより楽しく、いろいろなわだかまりが溶け出るように思えるのだった。
だから自分が行動したことや不用意に言った言葉でタイラが気を悪くして、ここに通うことをやめてしまうことが怖かった。
今、ジャストランドはタイラと一緒にただ時間を過ごすことに喜びを感じていて、それ以上のことを望んで、今のこの大切な時間が全部失われてしまうことになることは避けたいという思いが強かった。
ジャスミンは穏やかな時には静かにジャスクの世話をすることもあったが、気持ちが変わりやすく、ジャスクが泣き出すとジャスクを誰かに預け、急にジャストランドを呼びつけたりした。
「ジャストランド! ジャストランド!」
その声は屋敷の中に反響し、ジャストランドを苦しめた。
そんな母の姿を見たくはない。だがジャスミンは知っているのだ。その声をジャストランドが無視できないということを。だから、ずっと呼び続ける。
ジャストランドは耳を覆い、布団にくるまろうと思う。だが、そういう時にふとタイラの姿を思い浮かべた。
ジャストランドは自分の気持ちを押し沈め、母の部屋に向かった。
「まあ! ジャス! いてくれたのね! もうここからいなくなってしまったのかと思ったわ」
とジャスミンはうっとりとジャストランドを見つめ、
「ジャスクがね、だだをこねたの。わたし、すべての愛情を注いでいるのよ。なのにわたしのことを責めるのよ。あなたはそんなことはなしなかったわ。大きくなってからもいつもわたしのことを助けて、まるで王子様みたいに大事にしてくれたもの。ねえ。いつまでも、いつまでもわたしの王子様でいてちょうだい」
とジャスミンが細い手を出し出す。
ジャストランドはジャスミンの足元に膝まづいて、その手を取り、
「だいじょうぶです。お母さま。わたしはいつでもお母さまのおそばにいます」
と言うのだった。




